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第98話

「落としちゃうって」 「うん。吊り橋効果というかね」  そういいながら恋人つなぎに手を握り、その手の甲に唇を押しあてて、「ほら、好きになった気がしてきたでしょ?」と微笑みながらあまくささやく。  祐樹の心臓はいまやバクバクと全力疾走したあとのように鳴っていて、完全に東雲の手管に翻弄されまくっている。  東雲がやたら色っぽく感じて、祐樹は目を伏せた。  大人の男の人って、こんなふうなのか? いままで東雲は祐樹のまえで、男の色気や下心など感じさせたことはなかった。  誕生日を祝ってくれたときも、すでに告白されていたにも関わらず、それをみじんも出さないでごく普通に食事をした。以前とまったく変わらない態度に、祐樹のほうが拍子抜けしたくらいだ。  さっきのおでん屋でも普段と変わらなかったのに、この店に来てちゃんと返事をした途端、こんなにも露骨にアピールされるとは思わなかった。  一緒にいると気持ちが落ち着いて、いつも穏やかな態度をひそかにお手本にしていた人なのに、こんなふうに色気したたる表情もするなんて。その切り替えに驚く。  でもそれがちっとも嫌ではなかった。というより、正直に言えばうれしかった。  正式に同性とつき合うのはこれが初めてなのだ。その相手がこうして祐樹に好きだと態度でも言葉でもはっきり表してくれて、自分を欲しがってくれる。  そんなことは経験したことがなくて、戸惑うけれど、本音をいえばやはりうれしい。  恋人つなぎの手を見て、心のなかがぱちぱちとはじけるような気持ちを味わう。よく女子が言ってる「胸がきゅんとする」って、こういう感じ? 「…そうかも。ドキドキするし、好きだって思います」 「あー…、ホントかわいいな」  はにかんだ笑みを見せた祐樹に、東雲は眉をさげて困った顔になる。  ちらりと腕時計を確かめて、ふっと息をついた。 「…きょうのところは、ここまでかな。口説こうと思ってたのに、なんか、俺の理性を試されたみたいだな」  もう一度かるく頬にキスをして、東雲はすっかり冷めてしまったコーヒーを飲みほした。

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