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第17章 いまよりも広い世界へ 

「お、久しぶりだな、祐樹」 「うん、河野も元気だった?」 「ああ、祐樹はバイト三昧だったって?」 「うん。体なまってたから、ちょうどいい運動になったよ」  卒業式の日は教室のあちこちで合格報告や近況報告の声が響いていた。  制服を着るのも久しぶりで、それが集団になるとけっこうな迫力だとあらためて感じた。  中1から6年間もここに通っていたというのが、ちょっと信じられないような気がした。長かったのかあっという間だったのか、それすらもよくわからない。  特に高校の3年間は自分でもいったい何をしていたんだろうと思うような日々だったと振り返るとめまいがしそうだ。  気持ちも体も混乱して必死にもがいて、なんとか理想の自分を探したくて、でも現実は理想通りにはまったくいかなくて。  なんとか女の子たちの気持ちに応えようと頑張ってみたり、本心を隠して仮面をつける訓練をしたり、男とセックスできるか試してみたり、いま思えば、混乱と自己確立にあけくれた高校生活だった。  卒業式のあいだ、ぼんやりとそんなことを考え、おれってよく頑張ったよなと思える自分に驚いた。  楽しい高校生活を演じながらいつも必死でどこか憂鬱な毎日を、頑張って乗り切ったよな。  大学生になったらもう自分を偽るのはよそう、と祐樹は決意していた。  もちろん必要に応じて仮面はつけるだろうけれど、もう無理をして女性とつき合うのはやめよう。彼女はいらないけど、気を許せるような女友達を作るのもいいかもしれない。  考えてみれば、女友達なんかひとりもいないのだ。  それに必要以上に警戒して本心を隠してばかりいないで、同性の友人も作ってみよう。高校では親友の河野にさえ、怖くて自分の性癖は打ち明けられなかった。  でもきっと理解してくれて、友人になれる人もいるはずだ。そんなふうに思えるようになったのは、大澤がくれた言葉のおかげだった。  合格発表を一緒に見たあと、お祝いにと食事をしながら大澤は、いつになく真剣な顔で祐樹に言い聞かせた。 「もっと人を信じろよ、祐樹。大学生になったらもっと世界が広がる。いまは息苦しくてしんどいかもしれないけど、祐樹の世界はこれからどんどん広くなる。そこにはいろんな考え方の奴がいるし、お前の性癖についても理解してくれる奴が絶対にいる。恋人も友人もきっとできるから、相手をよく見て、気持ちを閉じないで、楽しい学生生活を送れよ」  心を閉ざして偽りの仮面をつけて高校生活を送っている祐樹を、ずっと見てきた大澤だからこそ言えるアドバイスだった。  ほかの誰に言われても聞き入れなかっただろうと思うが、大澤がそういうのなら試してみようかという気になった。  思いがけず恋人はすでにできてしまったが、そういう自分をひっくるめて友人になれる人と出会えるといいなと思う。  もちろん慎重に相手をよく見定めないといけないんだろうけど。それでも新しい生活、新しい出会いに期待する気持ちを、前向きに持てるようになっていた。

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