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第21話

 君がいた偽物の夏(9月)を謳歌した僕は、欲張りになってしまっていたんだ。君がいる秋だけじゃなく、君がいる冬も、君がいる春も欲しくなる。  留学期間は三ヶ月。十二月には帰国すると決まっていたのに。  秋祭りから戻った僕らは納屋へ行き、昔、使っていた金魚鉢を探した。小学生の僕が、夏祭りですくった金魚のために買ったもの。確か納屋に仕舞ったはずだ。 「あ、あった」  それは昔からのデザインの丸いフォルムの硝子の鉢で、上部にフリルのひらひらがついたスタンダードなものだ。 「きれい」  二匹の金魚を泳がせるとジョンはそう言って、その薄い青に見惚れた。 「ニッポン、いい。デザインもきれい」  とにかくジョンは日本の全てが綺麗だと言った。奥さんが日本人で、親日家で有名だったジョン・レノン。  ジョンは同じ名前の彼に影響され、日本に興味を持ったらしかった。 「来てよかった」  君はいつも言っていたけど、今思えば死ぬ前に一度……、なんて悲しい理由だったのかな。  秋祭りも終わって、僕らの町も本格的な秋を迎えた。昼間でも気温はあまり上がらなくなって、涼しい風が頬を撫でる。  金魚鉢の中を仲良く泳ぐ二匹の金魚。今思えばジョンがいなくなってすぐ、ジョンが好きだった黒いのだけが死んでしまった。  ねえ、ジョン。君は忘れてしまったかも知れないね。あの日、二人で見上げた満天の星。しっかりと繋いだ手の小指を絡めて、僕はこっそり星に願った。  いつまでもこうして二人、繋がっていられますように。日本とイギリス、離れていてもせめて心だけでも。  好きだとか、愛してるなんて言葉はなかった。それでも僕らは子供ながら、お互いにお互いを誰よりも大切に思っていたんだ。  だけど、例えばそれが恋だとしても恋だと実証できる何かがなくて、それでも単なる憧れとは明らかに違っていた。それは恋であることに違いなかったのに。  その日の夜、ジョンはホームステイしている校長先生の家に帰って行った。

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