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第23話
どうせ消えないならいっそのこと。一度消してしまった記憶だからこそ、今度は死んでも忘れてやらない。そんなことを考えていたら、
『お客さん。着きましたよ』
ドライバーの声に現実に戻された。
『ほら、お嬢ちゃんも』
そう言って彼は華も起こしてくれて、チップを少し多めにプラスして運賃を支払った。
『ありがとう』
と、彼に礼を言うと、見よう見真似で、
「さんきゅー」
日本語の発音で言って笑う、僕らのやり取りを見ていた小さな淑女。
子供の成長は本当に目まぐるしくい。今回の小旅行ですっかりレディーになった華の頭を撫でてやり、ドライバーに礼を言ってタクシーを降りる。
瞬間、ふわりとまた雪が降り出して、僕らの帰国に切なさを添えた。
「ほら、はな。大丈夫か」
「んー」
寝起きで足元が覚束ない華の手を引いて、空港ロビーへと向かう。搭乗手続きを取るのも最初は戸惑ったが、二度目ともなると手慣れたものだ。
なんて強がってはみたが、相手が日本人とそうじゃないかだけでこうも対応が違うものなのだろうか。ぶっきらぼうでポーカーフェイスの係員にそれでも礼を言い、帰りの飛行機の搭乗時間を待った。
ロビーのベンチに座ってふと隣を見やれば、僕と同年代のアジア系の女性。一瞬、話し掛けようかと思ったが、どうやら日本人じゃなく韓国か香港の人のようなのでやめにした。
この町に来て、まだ半日も経ってはいない。文字通り、とんぼ返りの無茶なスケジュールを組んだのは、後ろ髪を引かれないようにとの考えもあったのだ。
日本のものとは比べものにならない大きさの墓標には、ジョンの名前とジョンの生い立ちが彫られていた。指先でそっと辿ると、何故だかちりりと痛かった。
ねえ、ジョン。君の歌が、声が聞こえない。僕の名前を呼んでくれる時、その発音は六月のそれで。
鼓膜をくすぐる、その甘い声が好きだった。僕の名前を呼んで抱き寄せてくれる優しい腕も。
ここへ来て、この地で眠っている君に会い、初めて現実と向き合えた。どうやら僕は、認めなければいけないらしい。君がいないという現実を。
君と僕が同じ時を過ごした田舎町だけじゃなく、世界中どこを探してもいないんだということを。
少し泣けた。
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