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第3話

  ……どうして。 『どうしてあなたはお兄ちゃんたちと同じようにできないの?』  幼い頃、何度も何度も言われた言葉だ。  どうして、なんて、自分でもわからない。  ましろからすれば、他の人が早すぎるのだ。  ましろがようやく物心ついたくらいの頃、母は代々政治家や実業家を輩出している名家に後妻として嫁いだ。  居場所を作るのに必死で、実子に期待するところは大きかったようだが、ましろは何をするにもトロく、聡明な子ですと押し出すこともできずに焦っていたようだ。  それが見え見えだったのだろう。腹違いの兄弟たちの向けてくる視線は冷ややかだった。  だから、ましろは家でいつも一人だった。  学校でもまた、他の生徒とペースを合わせられないましろと一緒にいたいという人はおらず、友達はいなかった。  ある日、二人一組でやる理科の実験の授業で、パートナーを見つけられずにいた自分に声をかけてくれたのが天王寺だ。 『あの……ぼくとだと、失敗してしまうかも』 『羽柴は人より少しゆっくりだ。実験は、慎重な人との方がやりやすいと思うから』  怒らせたくなくて卑屈な言葉で断ろうとした自分に、彼はそんな風に言ってくれた。  一緒に実験をしてくれただけでなく、天王寺は優しい言葉をくれる。 「色々言う奴がいても、気にすることない。羽柴はいつもちゃんとできてる。その日の授業内容だと駄目でも、宿題の答えであてられたときはいつもちゃんとあってるし」  幼い頃、ましろは理解するのに時間のかかる子だった。  時間をかければわかる。だが、みんなそれを待ってはくれない。  授業参観に来た母には、どうして先生の問いに答えられなかったのかと後から詰られた。  一緒に暮らしている母親すらわかっていないことを、それまで特別親しくしていたわけでもない天王寺が、気づいてくれていたなんて。  それから、二人は友達になった。  教師からも一目置かれる天王寺と親しくしていることで、ましろを見る周囲の目も少し変わった。  天王寺がフォローしてくれると、ましろは少しだけ他のみんなとペースを合わせることができる。  授業が終わると迎えの車が来てそのまま塾や習い事に通う生活だったので、放課後に遊んだりということはあまりできなかったものの、学校にいるときは一人ではなくなった。  休み時間にはどちらともなく互いの席に向かい、天王寺はましろが授業で理解できなかったところを「自分も復習したい」と教えてくれて。  幼い天王寺がましろと一緒にいてくれたのは、彼が優しくて、寂しい少年を放っておけなかったから。  わざわざ聞いてみたことはなかったが、それ以外の理由はないだろう。  やがて最高学年になると、天王寺は暗い顔をしていることが多くなった。  ましろは彼に元気になって欲しくて、天王寺の好きな本の話をしてみたり、珍しく義兄が親切にしてくれた話、ましろが楽しいと思ったことはなんでも話した。  だが、その中のどれも天王寺の表情を晴らすことはできなかった。  そんな日が続いたある時。  自分は確か、家のことについて聞かれて、天王寺の役に立ちたくて知っていることを全て話したと思う。  その後のやりとりが曖昧なのは、天王寺に嫌われてしまったことがショックで、最後の一言しか記憶に残っていないのかもしれない。 『お前は、何にでも「はい」って言うんだな』  何かを堪えるような、苦しそうな表情。  その一言で、愚鈍なましろもようやく気づいた。  天王寺は元気がなかったのではなく、ましろと一緒にいることが嫌だったのだと。  彼の質問におざなりに返事をしたことはなくて、天王寺の言うことはましろにとって嬉しいことばかりだったから、首を横に振ったことはなかったと思う。  それが彼にとっては不快だったのか。  天王寺は、その一言を最後に卒業を間近にして転校して行った。  挨拶もなく、唐突に。  教師は『家庭の事情』とだけ生徒に伝え、周囲に天王寺の事情を知る者はいなかった。  ましろは、それからずっとそう言われてしまった理由を探している。  『SHAKE THE FAKE』で働いているのも、様々な人と出会い話をすることで、あの時の天王寺のことがわかるようになるかもしれないと思っているからだ。  それがわかれば、天王寺に謝りに行くことができる。  どこにいるのかわからなくても、高校の時の後輩である店のオーナーの情報網をもってすれば人一人探し出すのなど容易いことなので、探し出し、会いにいきたいと思っていたのに。  …………………どうして。

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