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第5話

 部屋まで送ってくれた海河は、ましろがベッドに入るのを見届けると、「ゆっくり休め」と言い残して店に戻っていった。  横になっている方が体は楽ではあるものの、出勤するまでも同じようにして休んでいたのであまり眠気はない。  しばらくぼんやりしていると、サイドテーブルに置いたスマートフォンが短く鳴動する。  確認すると、学生時代の先輩であり、オーナー専属の料理人である城咲(しろさき)(はじめ)からのメッセージだった。  ましろがいた頃の『SILENT BLUE』の厨房に立っていたこともあり、城咲とは長い付き合いだ。  『今からそっち行く』との簡潔なメッセージが彼らしく、ましろはそっと口元を綻ばせた。  それから三十分もするとインターフォンが鳴った。 「何か食ったか?」  城咲は、玄関先でましろの顔を見るなり、挨拶より先にそう聞いてくる。  目つきが鋭く、相手を心配するあまり厳しい口調になるので怖がられることも多いようだが、人の世話を焼かずにはいられない優しい男だ。 「そういえば……食べていなかったです……」  不調と感じていたものは、空腹のせいかもしれない。  今気付きましたと小さくなると、「だと思った」と苦笑された。  恐らく、その可能性を見越して、海河が城咲に連絡をしてくれたのだろう。  自己管理ができず色々な人に心配をかけてしまって申し訳ない。 「一、その……そんなことで東京からわざわざ来てもらってしまって……」  謝罪を遮るように伸びてきた手が、額に触れる。 「……熱はないな。けど一日食ってないなら雑炊みたいなものの方が食べやすいか?少し待ってろ」  ましろが口を挟む隙もなく、自己完結して城咲はキッチンに消えた。  既にこの場に足を運んでしまっているのだから、申し訳なく思うよりも、作ってくれたものをきちんと食べる方が喜んでもらえるだろうと思い直し、ましろは久しぶりの城咲の料理を楽しみに、出来上がりまで休むことにした。  ましろの人生の流れが大きく変わったきっかけは、天王寺との出会いともう一つ、『SHAKE THE FAKE』と『SILENT BLUE』のオーナーである神導(しんどう)月華(げっか)との出会いがある。  それは、今へと続くとても縁の深いものになった。  海河や城咲と知り合えたのも月華のお陰だ。  幼い頃は天王寺がいてくれて、今は海河達がいてくれる。  自分は本当に恵まれていると思う。 「ほら、たんと食え」  できたぞと呼ばれてダイニングに足を運ぶと、漂う出汁の香りが食欲を刺激した。  ふわふわの卵でとじられた雑炊には、蒸し鶏と野菜がたっぷり入っていて、一人暮らしでは不足しがちな栄養にも配慮されている。  いただきます、と手を合わせて、レンゲですくったものをふうふう冷まして口に入れる。  城咲の作るものがすべてそうであることはわかっていることなのだが、美味しさに思わず笑顔がこぼれた。 「とっても美味しいです」 「当然だろ」  黒いカットソーの袖をまくり、急須を片手に城咲はふふんと不敵に笑う。 「月華の側にいなくていいのですか?」 「あいつはどうせ『食欲ないから、紅茶とお菓子だけでいいよ』とか言いやがるから、ほっとけ。お前は何か気になることがあるとすぐ食うのを忘れるけど、食いっぷりは中々いいからな。作りがいがある方を優先するのは普通だろ」  忌々しげに話してはいるが、城咲は月華をとても大切にしているのだ。 「一の料理を食べたがらないなんて、きっと月華だけですね」  淹れてもらったほうじ茶を一口飲んだ。  城咲も向かいに座り、同じように茶をすすっている。  急須や雑炊の入っている土鍋もそうなのだが、同じビル内に住んでいる海河の家にも城咲が調理をするための器具や食器が置いてある。  彼は不健康な生活をしている人のところに現れては、食事を作って去っていくのだ。  どんな相手に対してもぶれない安定感に、いけないとは思いつつもましろもついつい甘えてしまうのだった。

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