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第6話
しばらく、ましろがゆっくりとレンゲを口に運ぶのを見ていた城咲だが、土鍋から最後の一杯をさらったところで、湯呑みを置いて覗き込んできた。
「ましろ、大丈夫か?」
その問いは、現在の体調に向けられたものではないだろう。
気遣いの対象をぼかしているのは、話したければで構わない、という彼の優しさだ。
海河からどんな連絡がいったのかはわからないが、天王寺のことは、今まで誰にも話したことはない。
ましてや昨晩のことは……まだ混乱していて自分でもどう向き合っていいのかわからなかった。
大丈夫ではないが、昨晩のことをそのまま話すことはできない。
だが、何か少しでも助言をもらいたいのは確かだった。
「一、あなたなら……目の前にいる人の気持ちがわからないとき、どんな風にして相手の方の望んでいることを確かめますか?」
「あー…?俺なら、とにかく何かアクションを起こしてみるな。表情だのしぐさだのから察しろと言われても、俺には無理だ。面倒くさいし」
本人はこう言っているが、城咲は自然にそれを行っていると思う。
ましろが城咲の問いかけにイエスともノーとも答えないことに気付いていて何も言わずにいてくれていることが何よりの証拠だ。
ましろもそうした技術を、接客業に携わることで少しは磨いてきたと思う。
それでも天王寺のことはわからない。
好かれていないことだけはわかるが、ましろのことが嫌いならば、昨晩店で指名したのは何故なのだろう。
再会したら、改めて許せないと思ったから?
だとしたら、自分は幼い頃にどれだけ彼の怒りを買ってしまったのか……。
ましろが考えに没頭してしまっていると、ぽん、と優しい掌が頭に乗った。
そのままわしわしと犬にでもするように撫でられる。
「は、一……?」
「お前は少し、相手のことを考えすぎなんじゃないか。困らせたり怒らせたりするのも、コミュニケーションの一つだと思うぞ」
「……………」
ちゃんと考えられていないから、相手を怒らせてしまっているのだと思うのだが……。
月華も、海河も、碧井も、城咲も、みんなましろに対して優しすぎる。
本来ならば家族から与えられるような無償の愛にずっと甘えてきたが、やはりそれではいけないと思う。
それからすぐに城咲は「お前がその後ちゃんと飯食ってるかまた確認しに来るからな!」と言い残し、帰っていった。
食器を片付けようとしてくれていたので、城咲の食事のおかげで随分復調したからと、早く帰ることを促した。
城咲の力を必要としている人は自分以外にもたくさんいるのだ。
城咲が出ていってしまうと急に静かになったように感じ、せめてビルから出ていくところを見送れないだろうかと窓際に移動した。
見下ろした地上には、色とりどりの傘が咲き、いつの間にか、雨が降りはじめていたようだと気付く。
城咲はこんな雨のなかわざわざ来てくれたのか。
この辺りは繁華街というほど賑やかな通りではないが、人通りが多く夜も明るい。
城咲の姿を探していると、その目は吸い寄せられるように、通りの向こう側に立つ一人の人物をとらえた。
天王寺だ。
今日も、『SHAKE THE FAKE』に用があったのだろうか。
何故、この雨の中じっと佇んで、睨むようにして店の方を見ているのか。
『俺なら、とにかく何かアクションを起こしてみるな』
先程の城咲の言葉が脳裏を過る。
「(……ちーさま)」
幼い頃、頼りになる天王寺を慕い、何度も呼んだ名を反射的に思い浮かべる。
自分がどうしたいのか考えるより先に体が動き、ましろは部屋を飛び出していた。
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