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第60話
己の失言に驚いて思わず逃げ出し、一生懸命走っていたましろだったが、天王寺も車を打ち捨ててまで追ってこないのではということに思い至り、じわじわと失速する。
乱れた息を整えながら、自分は一体何をやっているのだろうと項垂れ、とぼとぼとクリスマスのイルミネーションに彩られた街を歩いた。
何故、あんなことを言ってしまったのだろう。
自分の身を案じてわざわざ迎えに来てくれた人に言っていい言葉ではない。
天王寺は何も悪くないのに、あれはただの八つ当たりだ。
一瞬……、天王寺が恋人としてそばにいてくれるなら、李の誘いに乗ったりしないのに、などという考えが脳裏をよぎって。
今まで、誰かに対してあんな風に反発したことは一度もなかった。
指示された通りに行動する方が楽なので、できないことを要求されて困ることはあっても、忠告に反論したことはない。
天王寺はましろのことを思って言ってくれたというのに。
未熟で、自分本位な自分が恥ずかしい。
……今度こそ、本当に呆れられてしまっただろうか。
その可能性を考えると、走ったことで温まった体が、すっと冷えていくような心地がした。
「(でも……、潮時なのかもしれない)」
結局、ましろは子供の頃から何も変わっていなかった。
天王寺とのことがあり、もっと人の気持ちがわかるようになりたいと、『SHAKE THE FAKE』で接客を続けてきたが、相変わらず彼を不快にさせてばかりだ。
彼のために何かできたらと思っても、そばにいてもフォローしてもらってばかりで、返せるものもなく、迷惑ばかりかけている。
暗澹たる気持ちで歩いていると、楽しそうな二人連れとすれ違った。
恋人同士だろうか、互いに何か言い合い、幸せそうに笑っている。
ましろには、恋人どころか、友人としてすら、天王寺に楽しい時間を提供できない。
せめて友人としてそばにいたいと思っていたけれど、彼が誰かと幸せになるのを祝福できないなんて、それは友人とは言えないだろう。
それでも一緒にいると、彼の優しさを勘違いしてしまいそうになるから。
だから、離れるべきなのかもしれない。
「(あれ……?)」
ぐるぐると考え事をしながら歩いていたら、曲がるべき角を一つ曲がり損ねていたようだ。
あまり知らない場所に出てしまって、来た道を戻りかけてからはっとして懐から端末を取り出した。
以前、道に迷った時に『まっすぐ歩いてきたのだから反対側にまっすぐ歩けば元の場所に戻れる』と思ったが、結局戻れず、益々道がわからなくなったことがあった。
ましろが極度の方向音痴なことを知っている月華たちの配慮で、端末には高精度のナビアプリが搭載されている。
例え近所とはいえ、それを使うのが一番いいだろうと現在地を確認しようと画面を覗いたとき。
「羽柴……ましろくん!」
唐突に名前を呼ばれながら腕を掴まれて、端末を落としかけた。
見れば、息を切らせた天王寺の母、澄子が立っている。
「天王寺……、さん」
「お願い、助けて!」
「え……?」
突然の懇願に、驚く。
ちらほらと道行く人が、何事かと振り返ったのに気付いて、彼女は声を落とした。
「……あの時の男たちに、殺されそうなの、助けて」
物騒な話に息を呑んだが、鵜呑みにしてはいけないと思い直す。
澄子は、以前会ったときと変わらない、明らかに安物とは思えないコートを着て、命からがら逃げてきたという風にも見えない。
このわずかな間に彼女の経済状況が上向いたというのも考えにくく、坂本との件は、天王寺が負債を肩代わりするということになったはずで、つまりまた新たに金を借りてしまったということだろうか。
借金の形に差し出そうとした相手にこんなことを言える神経もわからないが、だが、どれほど怪しくても、助けを求めている人を無視することはできなかった。
ましてや、彼女は天王寺の母親で。
できれば、自分のしてきたことについて反省して、天王寺に謝ってほしいと思う。
ましろは、彼女に力を貸すことを決めた。
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