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第63話

「なんか、もう少しそれらしい服を着ててくれたらよかったのに」 「っ………、や、」  どのような装いを期待していたのか、勝手な言葉と共に拘束を外される。  一時的に解放されたので抵抗しようとしたが、薬の余韻か上手く体が動かない。  軽く押さえつけられるだけで動きを封じられて、ましろは弱々しくもがいた。  こんなことをしても、金にならないどころか、彼らの残りの人生が望まざるものになるばかりだ。  そう忠告したかったが、体が動かないだけではなく、口もうまく動かなかった。  ましろは、そもそもこういった想定外の事態は苦手である。  彼らを説得できるほどのネゴシエート能力があれば、今もまだ羽柴の家にいたかもしれない。  パニックにならずどこか冷静なのは、感情がまだ事態に追いついていないというだけのことだ。 「私は車にいるわ。ここは寒くて」  さしたる抵抗もできずただ身を硬くしていると、澄子は興味なさそうに部屋を出ていった。  金が手に入れば、その過程はどうでもいいのだろう。  ワイシャツを一枚残し、ベッドに転がされ、その肢体を四つの目が検分するように辿っていく。 「これは……確かに綺麗だ。ヤクザに買われて男の相手なんかさせられてるのはもったいないな。天王寺さん、押さえとくのお願いします」 「あ、ああ……」  年配の方は、やはり天王寺の父親、大介のようだ。  では、この場を仕切っているこの男は何者なのだろうか。  ダークサイドの人間には見えない。天王寺の両親と深い信頼関係があるようにも見えないので、何らかの利害の一致により行動を共にしているのだと思う。  ましろを見下ろす視線に執着や欲望、憎悪などは感じないが、理解できないものへの好奇と、それを見世物にして注目を浴びたいという欲が透けて見えて、気持ちが悪かった。  嫌悪感と寒さで身体に震えが走る。  しかし安易に『誰か助けて』と願うわけにもいかない。  月華は、もうこの事態に気付いているだろうか。  彼は自分の身内に乱暴をした相手を許すほど優しくはない。  月華が動いたら、天王寺の両親はどうなるのだろう。  恐ろしいことになりそうな想像しかできず、彼らには今からでも思いとどまってほしいと願うばかりだった。  ベッドから少しだけ離れた位置にデジタルビデオカメラを設置しなおした男は、今度は服を脱ぎ始める。 「こんなに大人しいなら、こんな山の中じゃなくてもっと普通の場所にすればよかったかな。エアコンがつかないなんて……」 「薬が強すぎたんじゃないのか?体調を崩されては後々面倒だ」 「体に害はないはずなので大丈夫ですよ。怯えてるだけなのでは?普段はもっと優しい紳士に買われてるのかな?」  嘲りを向けられ、ましろは視線を逸らした。 「暴れられたら楽しくお仕事をしてるように見えないから、マグロの方が助かるでしょう。まあマジで突っ込まなくても、それっぽい画が撮れればいいですけど。あ、天王寺さんはやりたいです?代わりましょうか」 「な」 「さっきから彼の身体、チラチラ見てますもんね。興味あるんじゃないですか?奥さんには黙っときますから」  二人のあり得ないやりとりに、ましろは凍りつく。  天王寺と身体の関係を持っているのに、その父親にも……なんて、おぞましいことだ。  だが、馬鹿馬鹿しいと一蹴して欲しいのに、何故か大介からは否定の言葉が出てこない。  思わず見上げた大介の瞳は昏く、腕を掴んでいる手がやけに熱い気がして、ゾッとする。 「俺がやるより、天王寺さんがやったほうが絵的にそれっぽいかもだし……」  ましろは、今更ながらここから逃げなければいけないことを痛感した。 「あっ、こら、急に………っ」  油断していたらしく、暴れると腕が緩む。  立ち上がり走り出そうとしたが、くらりと眩暈がしてまた捕まってしまう。 「……びっくりした。突然……、」  車の急ブレーキのような音が辺りに響き、男が言葉を切った。  唐突に響いたように感じ驚いたが、それはこの場にいる二人も同じらしく、怪訝そうに顔を見合わせあっている。 「………この近くって、他に人が来るような場所、あります?」 「いや、以前は似たような物件がいくつかあったが、今は……」  車のドアを閉める音がして、次いで澄子が何か怒っているような声が聞こえ、それはだんだん近づいてきていた。 「見てくる」  大介が部屋を出ていく。  もしかして、誰かが助けに来てくれたのだろうか。  最悪の事態を避けられてほっとすると同時に、助けだとしたら恐らく自分もよく知る月華の身内の誰かなのだろうと思うと、この後の展開に一抹の不安がよぎった。

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