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不器用な初恋のその後13
ましろが考え込んでしまったので、ひとまず今日のところは帰ろうということになった。
普段のましろであれば、自分の態度のせいで気まずくなってしまったと慌てただろうが、一生懸命考えるあまり、フォローすることも思いつかない。
ましろは、並行して何かをするということがとても苦手なのだ。
どうするのがいいのか。
今、自分のすべきことは何なのか。
そんなことを考えるのに余程集中していたらしい。気付けば天王寺の自宅まで戻ってきていて、シロが天王寺にフードを強請ってまとわりついているところだった。
そして、帰りの道中一人で考え込んでしまっていたことにもようやく気付いて、慌て始める。
「あ、あの、ちー様、先程のお話ですが…」
「別に急ぐ話じゃないから、ゆっくり考えてくれていい」
「そ、そうではなくて、」
焦りながらバッグの中を探っていると、とりあえずコートを脱いでから座って話そうとダイニングテーブルに促される。
言われた通り座って落ち着いてから、ましろは先ほど月華から渡された銀行口座の通帳をテーブルの上に置いた。
「これを…使っていただきたいのです」
何とは言わなかったが、通帳だということは一目瞭然だろう。
天王寺はそれを一瞥したが、手を伸ばさない。
ましろは言葉を重ねた。
「一応…私が働いた給与の貯蓄です。私には、土地や家を建てるのにかかる費用の相場がわからないので、どれほど役に立つかは分かりませんが、それなりにまとまった額ではあるはずです。これを、」
「だが、そうすると、お前が、………」
「?……何ですか?」
「……いや」
思わずといった風に口を挟んだ天王寺は、しかし言葉を濁すと厳しい表情で黙ってしまった。
重い沈黙がずしりとのしかかり、暗くなってしまった雰囲気に、「言わない方がよかったかもしれない」と弱気な心が頭を擡げる。
全て任せて天王寺に頼ってしまう方が、お互い楽な部分が多いということは、ましろにもわかっていた。
ましろの貯蓄は、『SILENT BLUE』と『SHAKE THE FAKE』で働いた給料だ。
つまり、出所が月華なので、公にしにくい資金である。
それに、働き始めた当初から、自分には過ぎた報酬であると思っていた。
月華は身内に甘いため、働き以上のお小遣いを足しているのではないか。
過去に、もっと安くてもいいのだと訴えたこともあるが、雇用人は被雇用人にその働きに見合う給金を支払う義務がある、安すぎるという不満ならともかく、高い分には文句を言わせないと言われて話は終わった。
衣食住に関してもほぼ月華が払っていて、ましろが日常で金を使うのは、碧井と出掛けた際の食事代や交通費くらいのものだ。
そのためただ溜まっていく一方で、かといって自分の資産という自覚も薄く、億が一にもそんなことはなさそうだが、月華が困窮するようなことがあれば返還しようと思っていた。
今も、この金を自分のために使うことは少し躊躇いがある。
だが、ましろが自分の幸せのために使うのならば、月華は喜んでくれるだろう。きっと、月華のために使いたいと言うよりも。
……天王寺が、それをよしとしてくれれば、だが。
しばらく待ってみても天王寺は黙ったままで、どんどん不安になってくる。
気が進まなければ…、と申し出を引っ込めそうになって、何とか踏みとどまった。
何を言おうとしたのか、きちんと聞いておかなければ、ずっと気になってしまうかもしれない。
天王寺とは、お互いに誤解からのすれ違いが多くあった。
今引き下がってしまっては駄目だ。
「ちー様、……お願いします。聞かせてください」
改めて頼むと、天王寺は諦めたように話し出す。
「共有の財産ということになると、お前が手放したいと思った時に、面倒ではないかと思っただけだ」
「手放す……?」
聞き返すと、天王寺は微かに自嘲のような、悲し気な笑みを浮かべた。
「あまり想像したくない未来だが、俺にはあの二人の血が流れている。そのうちに…お前を悲しませるようなことになるかもしれない」
「そんな、ことは……、」
否定しようとして、天王寺もましろと似たようなことを考えていたことに気付いてはっとする。
「……私も、同じことを考えてました」
「同じ?」
「ちー様が、私のことが面倒になった時に、家が邪魔にならないかと」
「それは……、今更だとこの間言わなかったか?もちろん、お前のことを迷惑だとか面倒だとか思ったことはないが」
「私のことだけではなくて、月華のこととか、仕事のこととか、この先色々面倒なことがあると思います。土地や家のことも、私は名義人になることはできないので、登記などの手続きは全てちー様にお任せすることになるでしょう。月華の状況が変われば、一緒に住み続けることが難しくなるかもしれません」
不安な要素はいくらでもあった。羽柴の家のことも。
それでも。
「それでも私は、ちー様と一緒にいたいです……」
ましろの願いは、それだけだ。
可能な限り長く、できればずっと、天王寺のそばにいたい。
だからこそ、彼の負担を少なくしたかった。
金銭的な意味でも、決断的な意味でも、彼ひとりには、背負わせたくなかったのだ。
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