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第6話

ピンポーン チャイムが鳴る。 一瞬の間を置いて扉の向こうから声が聞こえた。 「今、手が離せないんで、入って来て下さい!」 若い男性の声…多分、俺と同じか少し年上。 扉の前まで移動してタオルをぎゅっと掴み、深呼吸してからコンコンとノックをする。 「し…失礼…しまぁす…」 最後は消え入るような声で扉を静かに開けた。 しんとした家の中に美味しそうな匂いが溢れている。 夕飯の仕度中か…? そう思いながら、廊下の奥に向かって声をかける。 「あのぉ…すいませぇん…」 アニキが聞いたら、もっと大声!と背中を叩かれるようなか細い声だったが、奥の部屋から反応があった。 「ちょっと手が離せないんで、靴脱いで上がって来てもらえます?」 「え?」 マジかよ…このままタオルだけ置いて帰りたい…。 がっくりと肩を落としながらも、相手に迷惑をかけ、鞄も預かってもらっている身としては、言うことを聞くしかないかと覚悟を決めて、靴を脱ぐ。 そのままで歩き出そうとして、怒ったようなアニキの顔が浮かぶ。 靴な、靴…分かってるよ! 後ろを振り返り、脱いだ靴をきちんと揃えると、頭の中の兄貴がそうだと言う風に頷いて笑った。 はぁとため息をつくと、匂いの元を辿るように靴下では少し冷たい廊下を歩く。 ギシギシと時折り床が鳴った。 この音で気が付くかな? 少し大きめの音を出しながら、相手が気が付くのを期待して歩いていると、 「こっち、こっち」 と、少し先の部屋から俺を招くように手が見えた。 少し早足でその部屋の前まで行くと、若い男性がこちらに背中を向けて天ぷらを揚げていた。 これは手が離せないな。 見ながら、彼のことを思い出す。 そろそろ家もこうやって作っているんだろうな…。 早く帰らないと! はっと気が付いて、側の壁を叩く。 コンコン 「あ?あぁ!いらっしゃい。」 ニコッとした笑顔を向けられ、一瞬恥ずかしくなる。 下を向き、 「色々とすいません。」 そう言うと、 「一応ね、起こしたんですが起きなくて…あのまま、いくら人通りのないこの道路とは言え、貴重品をそのままにしておくというわけにもいかなかったんで、勝手に預からせてもらいました。こちらこそ驚かせてしまって、すいません。」 そう言って、こちらを振り返って頭を下げる。 「タオルもかけていただいたみたいで…」 「あぁ、流石にちょっと冷えて来てたんで…そのテーブルの上にでも置いておいてください。」 言われた通りに置くと、キョロキョロと辺りをを見回す。 「え…っと、それで鞄は?」 「さあ、できた!」 「え?!」 「あっと、何さんですっけ?」 「細村…です。細村薫。」 「じゃあ、薫さんでいいですか?俺の事は宗也でいいんで。」 「そうや…さん?」 「はい!じゃあ、これ持って行くんでついて来てください…って、スリッパ出してませんでした?」 「え?あ、気が付かなかった。」 ちょっとまずはとお盆にささっとテーブルの上のものを乗せる。 「ついて来て?」 頷くと宗也さんが歩き出した。 その後ろを黙って歩き、入り口近くの和室の部屋に通される。 「あぐらで大丈夫だから、座ってて。」 ちゃぶ台の上にお盆を置くとそう言って玄関に向かった。 言われた通りにあぐらをかいて座る。 すぐに宗也さんが顔とスリッパを襖から出した。 「ごめん、出すの忘れてた。これ置いておくから履いて?」 「あ、ありがとう。」 状況がよく飲み込めず、宗也さんのペースに飲み込まれて行く。 中に入って押し入れを開けると、はいと座布団を渡される。 すいませんと受け取り、尻の下に敷いた。 自分の分も取って、敷いた上に宗也さんも座る。 あ!っと言いながら宗也さんが少しポケットを探ると見覚えのあるスマホが出て来た。 「えーと、まずはこれ!はい、どうぞ!」 渡されたスマホをありがとうと受け取る。やはり俺のだったか…。 そのままポケットに入れた。 「さっきね、家の方から電話があって、悪いかなと思ったんだけど、出ちゃった。」 「え?!」 そう言われて、ポケットに入れたばかりのスマホを取り出して確認する。 確かに家から連絡が、しかも何件も来ていた。 これは俺でも出るな。 そう思って、電源を切ってポケットに戻す。 「それで、お話しさせてもらって、家で夕飯を食べて行く事になったから。」 「え?!誰が?」 「薫さんが。他に誰がいるの?」 くすくすと笑う宗也さんに、口をぽかんと開ける。 「さ、そう言う事なので、温かい内に食べよ?一応家族の方に聞いたから、嫌いなものとかは入ってないよ?どうぞ?」 目の前にある温かい湯気の立ち上るかき揚げの乗った蕎麦と、その横の皿には数種類の天麩羅。 確かに俺の好物ばかりが並んでいる。 その匂いに腹が刺激を受け、無意識にごくりと喉が鳴った。 「じゃあ、いただきます!」 ほら!と宗也さんに促され、いただきますと言うと、目の前に置かれた箸を取った。

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