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第8話
それにしても…
目の前でにこにこと嬉しそうに俺の作ったご飯を食べ、酒を飲み、上機嫌でいる男の顔を見る。
これだけの情報量だけで今日会ったばかりの俺を信頼してって、大丈夫か?
いくら何でも少しは疑うだろう?
俺が言うのも何だが、相手はそういう会社の社長って、しかも男優だって情報も晒してるんだぞ?
普通ならもう少し危機感持つだろう?
って思っている間に…あーあ、寝ちゃったよ…。
「薫さん、大丈夫ですか?こんなところで寝たら、風邪ひきますよ?」
「うう〜、寝る〜。おやすみなさ…い…」
おい!ちょっと待て!!
「いや、薫さん?!」
肩を揺すっても、起きない。
仕方ない。
「ちょっと失礼しますよ〜」
そう言って、薫さんのポケットを探る。
「ん…はぁ…ん」
薫さんの口から吐息が漏れた。
「え?」
何で?
ポケットを探る手を止める。
もう一度手を動かす。
「んっ…んん…」
「こんなので反応するって…」
家が実家でそういうのが見られないって言っていたのを思い出す。
処理もあんまり出来ていないってことか…。
ごくりと喉が鳴る。
目の前に置いたグラスに手を伸ばし、残っていたビールを流し込む。
止めていた手を動かし、ともかくスマホを取り出した。
「え…と。」
パスなどはなく、すぐに薫さんの家に連絡を入れることができた。
「もしもし?薫くん?どうしたの?」
電話口の向こうで優しそうな男性の声がする。
「あの、先程連絡したモノなんですけれど…」
「あぁ!それなら彼に…ってダメそうか。薫くんがどうかしましたか?」
「ちょっと飲み過ぎたみたいで、寝てしまいまして…」
「え?薫くんが珍しい…あ、でもどうしよう…ちょっと待っていて下さい。」
そう言って、ことんと受話器を置く音がした。
奥の方から話し声が聞こえる。
「今夜はお前の声が聞けるってわけか…」
「そんなこと言って!…迷惑だよ、僕が行って来るよ。」
「せっかくの二人きりの時間を過ごせるのに…か?」
「あ…聞こえるってば!」
聞こえてるよ…そうか実家暮らしってことは、兄さん達も我慢して…え?
「すいません、薫の兄です。何だか迷惑をかけてるみたいで申し訳ない。」
突然に電話から聞こえた声に思考が切れる。
「あ、いや、大丈夫です。」
「迎えに行きたいのは山々なんですが…(大丈夫だって…)あ、すいません。そっちで預かってもらえませんか?(いいから)」
所々に入ってくる会話に苦笑する。
「家はいいんですが…」
「(いいって!)あ、おい!」
「あの…薫くんは電話に出られますか?」
兄さんから電話を代わったもう一人の兄さんらしき先程の人物の声がした。
「ちょっと、無理かと…」
「あの、先程も伺いましたが、何で彼にここまでしてくれるんですか?」
こっちはまだまともらしいな。
「ただの彼の小説のファンだからですよ。」
「でも、それにしてもちょっと…」
普通はこういう反応だよな。
「まぁ、今夜でそれが少し変化したことは認めます。」
「それって…!」
反応がいいな、この人。
「ファンから友に変わりました。薫さんとは年齢も近いみたいで、意気投合してしまったんです。」
「あ…友達…」
明らかに他のことを考えていたよな?
ちょっと突いてみるか…
「あの、あなたは薫さんのお兄さん?で良いんでしょうか?」
「あ、ちょっと違いますが、そうです。」
「血は繋がっていない…とか?」
「そう…です。」
正直な人だなぁ。
「あの…それって…」
「俺のパートナーって事だ!それで、薫は頼んでいいのか?」
いきなりお兄さんの声が横入りしてきた。
受話器に耳つけて聞いていたのか?
「もう!…あ、すいません。彼も少し酔っていて…」
「いえ、僕も同じ側なので平気ですよ…むしろ羨ましいな。」
「でも、AV制作してるって?」
「ゲイ用のを製作してます。あ、何本か見てみますか?」
「え?」
「薫さんにわからないように持たせますよ。」
「でも、その…」
「それじゃあ、今夜は薫さんをこちらで預かります。そちらもお酒を飲まれているようですし、野暮なことはしたくないですし…?」
「悪いが、頼むよ!」
また突然のお兄さんの声に、わかりましたと答える。
「え…と…すいませんが、よろしくお願いします。」
そう言いながらも、なんとなく切りがたい感じのパートナーの彼とも通話を終えた。
あなたのその予感が当たらないといいと、俺も思っていますよ。
もう反応のないスマホに向かって語りかけた。
横ですやすやと寝息を立てている薫さんの口が、先程の吐息を漏らしたままで少し開いている。
「もっと聞きたいな、薫さんの声。」
唇を指でなぞりながら、やっぱり予感的中かなぁと先程の会話を思い出してふふとわらった。
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