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第1話 猫の決意(5/6)

彼の言葉を改めて頭の中で反芻すると、体の芯がじりっと焼け付く感じを覚えた。 “スキ”のたった二文字が、苦しくて堪らない。 鼓動が高まってうるさい。 もう風の音なんか耳に入らない。 覚悟を決めて目を開けると、不安そうなままで彼は待っていた。 「本気で言ってる?」 彼に向かって手を伸ばす。 「当たり前だろ! こんなタチの悪い冗談なんか言うか! 俺は本、気でっ…」 彼の胸に、鼓動を打つ場所に、掌を這わせた。 続きの言葉は引っ込んでしまったようだ、ギクリと身体を強張らせた彼の頬に朱が走る。 「…私、男だよ」 鼓動が伝わってくる。 「わかってるよ、そんなこと。俺だってそうだ」 力強くて、自分と同じくらいに早い。 「公にはできないよ」 緊張のせいか、瞳も潤んで見える。 「わかってる」 彼は紛れもなく本気だ。 手を離すと、どこか名残惜しそうに見つめられた。 口を開こうとしたところで、不意をつかれる。 彼の手が、自分がしたのと同じように、胸にすっと添えられた。 掌の熱が、温もりが直に伝わってきて、全身の血流が一気に加速する。 「お…」 「――!」 意外そうに目を見開いた彼から咄嗟に顔を伏せた。 人にやっておきながら、自分がされると堪ったものじゃなかった。 動揺ひとつ逃さずに伝わる感覚は、自分の手にもまだ残っていて、意識してしまって尚更心音が早くなる。 「…なんで、こんなに早いのか、聞きたい」 囁く声が甘やかに耳を擽る。 きっと顔は真っ赤だ、なのに彼は遠慮なく覗き込んでくる。 「なんでって…」 「なんで?」 潤んだ琥珀色の瞳が迫る。顔が寄せられる。鼻先が触れ合う。 「わっ…かるでしょ!」 耐えられなかった。恥ずかしさで憤死するかと思った。 両肩を掴んで引き剥がしたのに、一緒に離れて欲しかった彼の掌は胸に押し付けられたままで。 「言葉で聞きたい、イエスでもノーでも、はっきり」 「っ…、わかったから離れて…!」 どうにかこうにか頼み込むと、やっと手を離してくれた。 どこか楽しげな笑い声が耳に届いて、妙な悔しさを溜め息とともに外に逃がす。 「…猫さん」 「ん」 呼び慣れた愛称が震えて、本当に吐露していいものか、ここにきて迷いが生じる。 彼が胸の内を明かした時点で、今までの関係を続けることは不可能なのだ。 今更隠したって無意味だ。 そう、だから、素直になるべきだ。 「…一緒に居て心地いいのは、私も同じ。出来ればもっと、側に居られたらなと思う。つまり…その、す…好き…なんだ、と思う…君のことが…」 言ってしまった。 正当化を重ねて、我ながら情けないほど歯切れは悪かったが、もう後には退けない。

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