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第1話 猫の決意(6/6)

そう人が葛藤しているのを知ってか知らずか、待ってましたと言わんばかりに抱き締められた。 「!?」 急なことに驚いて、一瞬で頭が真っ白に飛んだ。 何を考えていたのか忘れてしまった空白に、彼の体温がなだれ込んで来る。 「えっ、まじか。こんな事ってあるか? …本当に、本心で答えたんだよな? 同情とかじゃないよな?」 声を興奮させて少し身体を離した彼は、今までに見た中で一番複雑そうな顔で笑っていた。 滲み出る嬉しさと、信じきれていない不安が混ざっていて、少しでも安心させようと頬を緩めてみせる。 「うん、本心だよ。…やっぱり変だよね、男同士なのに」 「あぁ、変だな俺も。…でもさ、お前と一緒ならそれでいいや」 そう返した彼は、へへ…と照れ笑いして、また抱き締めてきた。 こういったコミュニケーションに不慣れなせいで、お返しするべきか迷った両手が宙に浮く。 やっぱりここは、背中を抱くべきか。と決めたところで、腕の中から解放された。 浮いたままの手が物悲しい。 「いいんだよな? 俺、隣に居て」 「もちろん」 まだ信じきれていないのか、何度も確認してくる。 それもそうだ、自分だって信じられない。 「俺…恋人ってことでいいんだよな」 「…うん、そうだね、君が望むなら」 恋人というのは不思議な響きだった。 今までの〝相棒〟や〝パートナー〟と、絆としてはそう大差ないが、異常にこそばゆい。 それよりも何度も聞いてくる彼が、聖堂のオルガンで初めて遊んだときの子供の姿と重なって、どこか申し訳なさそうに喜ぶそのいじらしさに、思わずくすくすと笑いが零れる。 「わ、笑うなよ! これでも結構長いこと悩んでたんだからな」 「ふふ…ごめんごめん、そうなんだ」 拗ねてそっぽを向いた彼の尻尾が揺れる。 これは…不機嫌をアピールしたい時の動きだ。 いつから?と聞いてみたいが、風が冷えてきたようだ。すこし肌寒さが際立ってきた。 「そろそろ戻ろうか。時間も遅いし」 「ん?」 「ん? じゃなくて。それにほら、冷えてきたから長く居ると風邪ひくよ」 名残惜しい気持ちはなんとなくわかる。もっと、たくさん話して、距離を縮めたい。 でもこんな場所で夜明けは迎えたくない。自分の部屋で、いつものベッドで眠って、平穏な朝を迎えたい。 「あ、ごめん。降りる方法考えてなかった」 安眠に思いを馳せていたら、我が耳を疑う答えで、そんなささやかな希望は打ち砕かれた。 「な…え? …えっ? なんて!?」 「いやぁ、降りる方法考えてませんでした」 「何言って…あ、ああ、あれでしょ? 今度こそ冗談だよね」 「はっはっは! …ごめん」 「嘘…」 「……い、いつもはさ、ぱって飛び降りてたから…」 「この高さから!? …うわぁ…まじですか」 道理で、平然と立っていられるわけだ。 いやそんなことに感心してる場合じゃない。 「あーあ、前途多難だな」 「それ私が言うべきだと思う…」 結局、日が昇ってから自警団のコンドルに降ろしてもらってどうにか事なきを得た。 鐘の掃除のために登ったはいいが降りられなくなったという理由は、暇潰しに磨いたおかげでピカピカになった鐘によって、なんとか疑われずに済んだ。 教会の神父だけは、掃除を頼んだ覚えはないと首を捻っていたが。 「いやぁこんなに汗びっしょりな夜は初めてだった」 「そうだね、二度とごめんだね」 「次は違うことで汗かこうな」 「違うことって、今度は屋根に雑巾がけでもするつもり?」 「あ、あー…いや、いい。わかってた、わかってた」 「何が? どっちにしろ勘弁してほしいな」 「だな、うん」 それぞれがそれぞれの方向を見て、前途多難だと思い浮かべたのだった。

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