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第2話 盗っ人兄妹(2/12)
当のユーベルはぎょっとしていた。
眠っていたはずの男が、土下座寸前の姿勢で床に構えていたのなら無理もない。
「な、なんだユーベルか…おはよう」
安心したような、気が抜けたような。そんな様子でアルは床に座り直した。
ユーベルは、まず最初に何を言うべきか迷っていた。
言葉の代わりに返ってきた重い視線には、さすがにアルも居心地の悪さを感じたようで、焦ったように口を開く。
「あぁそうだ! えっと…昨日の夜から今朝にかけて、誰か見なかったか? 俺と一緒に居たと思うんだけど」
気まずい空気をはね除けるような、わざと明るい調子の声で問うたアルが目を泳がせる。
そういえばユーベルとは下劣な話はしないし、聖職者だからこの手の話題も嫌いなのかもしれない。
と、そんな風に考える彼も、一応は聖職者なのだが。
ユーベルの機嫌の悪さをそんな風に納得して様子を伺うアルを、明らかに怪訝な表情が見下ろす。
「あの…」
「見てないよ」
遮るように答えられた。
視線が痛い。
「なんか怒ってる?」
つい、後先考えずに聞いてしまったアルの言葉にユーベルの眉間が狭まる。
そういえば彼のこんな表情は珍しい。
いつも穏やかに笑っていて、困った顔はよくするけど、怒った顔なんて見た覚えがない。
「覚えてないの?」
ほら、この顔だ。
悲しげで、ちょっと泣きそうにも見えるけど、口元は笑ってて…笑ってて?
ちがう。
いつもは笑ってなんかない、やっぱ怒ってるんだ。
―覚えてないの?―
昨夜のことを少しでも思い出そうとこめかみを押さえながら唸ってみる。
…が、さっぱり出てこない。
「ごめん。俺、たまに覚えてないことがあるんだ…迷惑かけたんなら謝るから」
顔を上げてユーベルの目を見ると、深い青色の中に哀れみや怒り、それとどこか怯えの色も見えた気がして、思わず口を開けたまま凝視した。
そんな視線の応酬に、先に耐えかねたのはユーベルの方だった。
溜め息と共に目を伏せると、きっちり留まっている詰襟に指を掛けた。
何を始めるのか疑問に思うアルの目は、自然と手元に吸い寄せられた。
緩んでいく襟の合わせ目の隙間から、白い肌が覗く。
普段秘められている場所なだけに、見てはいけない気がして猫の目は大袈裟に宙を泳いだ。
布擦れの音に耳がピクピクと反応して、鼓動が早まる。
そっちの気なんてなかったはずなのに、彼を妙に意識してしまっているのは、認めたくないが事実だった。
平静を装っていても、目の前で脱がれると顔が熱くなっていくのがわかる。
赤くなってるだろうな、気付かれないといいけど。
今の状況も忘れてそんなことに気を揉むアルの前に、近付いてきたユーベルがしゃがみこんだ。
「こっち見て」
促されておずおずと視線を戻す。
胸元まで大きく開かれた襟を目でなぞっていくと、
「…え?」
そこにはいくつもの、
「え…え? う、嘘だろ! そんな、そんなっ…」
赤い痕が。
「少しは思い出した?」
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