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第2話 盗っ人兄妹(3/12)
見ていた光景が霞んで消える。
まどろみに溶けていた意識がゆるりと浮上する。
アルは、日が天辺から少し傾いた頃に暑さで目が覚めた。
眠い、すごく眠い。
でもこのまとわりつくような暑さのおかげで、汗ばんで寝心地は最悪だ。
うーと唸りながら寝返りを打って、そして溜め息と共に身体を起こした。
そうだ、こんな時間まで寝てたら確実に神父に尻を叩かれるから、屋根の上で寝たんだった。
そりゃ暑いはずだ、寝る前には日陰だったのに、今はすっかり日に照らされてる。
その上、寝覚めがあんまり良くない。
なんだか焦燥感に駆られるような、後悔のようなものが胸にこびりついていて、内容までは思い出せなくとも、悪い夢を見ていたことはわかる。
不快指数は相当高いが、それよりもアルの心は浮き立っていた。
昨日の夜に、一歩踏み出せた。
相棒という心地よさから抜け出して、恋人という立ち位置に。
ずっとそうなることに期待してたんだ、照りつける太陽さえ眩しく輝いて見える。
いや太陽は元々眩しいか。
と、まるで恋愛小説の主人公のように、アルには世界がより一層鮮やかに見えていた。
頭の中にお花を咲かせて、お日さまの匂いを全身から漂わせた男は、軽やかな足取りで恋人を探しに向かうのだった。
あの一件の直後、自室で眠ったユーベルは、お昼過ぎには目覚めていた。
教会で行う祝福も、聖堂で請け負う退魔も、一緒くたに行うこの大聖堂で、どちらも割り当てられていない日は稀だった。
たまたまなのか、それとも計画性があって夜に連れ出されたのか。
どちらにせよ強引にでも起きないと、夜に眠れなくなりそうだと身体を伸ばしたユーベルは、自室の窓から聞こえていた威勢のいい物売りの声や子供たちの笑い声に導かれて、雑事をこなすついでに街に出ていた。
今日は早く寝ようなんて考えながら、立ち並ぶ屋根付きワゴンの露店で雑貨を見ていると、背中にドンと何かがぶつかった。
振り向くと、茶色いキャスケット帽を深くかぶった薄汚れた服の男の子がぶつかったようで、小さくごめんなさいと言うなり逃げるように駆けていった。
「別に怒ったりしないのに…」
その小さな背中が人混みに消えるのを眺めていると、横から見覚えのある影が飛び出した。
「おいこら待て!」
叫びながら一直線に追いかけて行くあの尻尾は間違いない、アルだ。
あの様子からして、もしかしたらスリかもしれないと思ってポケットを確認したところ、案の定そうらしい。
「あらぁ」
奪われたのは、司教の格好でいると金を持ってそうに見えるからとアルにうるさく言われて、用心のために入れていたダミーの財布だ。
盗られたところで痛くも痒くもないが、二人の行方は気になる。
店と店の間から路地裏に入っていくのを追いかけると、大通りとはまるで別世界に出たようだった。
静かで、商店の裏手はごみごみとしてて、遠くに聞こえる喧騒がより一層ここだけ切り離されているように錯覚させる。
そして何より入り組んでいて、見失ったら迷子になりそうだ。
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