12 / 109
第2話 盗っ人兄妹(5/12)
路地裏の中でも薄暗い一角に、今は使われていない住居があった。
いや、使われていないのは持ち主からすれば、だ。
陽当たりも悪くなかなか借り手のつかないその家は、今でははみ出しものの若者たちの溜まり場になっていて、そんな者たちの間ではアジトと呼ばれて親しまれている。
そんなアジトの中でオルカは一際苛立っていた。
「くっそふざけやがって!」
怒鳴り声と共に財布を壁に投げつける。
そばに居た弟分が驚いて、飲み掛けのグラスを落とした。ガチャンと派手な音がして、床にガラスの破片が飛び散る。
「どしたんオル姉。また男にでも間違えられた?」
冗談のつもりで軽く笑う少年の顔に、オルカの拳がめり込んだ。
そしてそのままのけ反って、うまいことベッド代わりのハンモックへ倒れ込む。
「誰が男に見えるって? ええ?」
パンパンと手を払いながら投げ掛けた言葉に答えたのは、ギッギッと軋む縄の音だけだった。
弟分に一発かましただけでは気が収まらず、肩を怒らせて部屋の中をうろついていると、誰かが家に入ってくる音がした。
カモだ。誰かはわからないが、殴って気を晴らそう。
そう考えたオルカは咄嗟に壁に張り付いて身を隠すと、足音が近付いてくるのを見計らって飛び掛かった。
不意打ちだ。
当然、拳に伝わる衝撃がある、はずだった。
「あら?」
「おいこら、『こんにちは死ね!』はやめろって言ったろーが」
やけに手応えがないと思ったら、拳はうまいこと大きな掌に収まっていた。
「なんだぁ兄貴か」
「あからさまにガッカリするのやめろよ、傷付くぞ」
肩から力が抜ける。
兄貴と呼んだけど、別に血の繋がりはない。
金髪をツンツンと跳ねさせたひょろっと背の高いこいつは、ただ先にここに居た歳上ってだけだ。
殴りかかったところですっきり出来る相手じゃないし、ガッカリするのは当然だった。
「てーかなんじゃこりゃ。荒れるのはいいけど片付けもちゃんとしろよ」
兄貴と呼ばれた金髪の男が、床に散ったガラスを避けようと奇妙なステップを踏んでいる。
「知らんし、それやったのアタシじゃないもん」
そんな滑稽な様子をオルカが壁に寄り掛かって見ていると、ハンモックからゆるゆると力なく手が挙がった。
「お、俺が…オル姉に…お、とこって…」
そこまで言って再び力尽きた。
きっとオルカの眼力で意識の縁から突き落とされたに違いない。
「はーん、はーん」
ステップ男がニヤニヤしながら近付いてくる。
「まぁた間違われたのか。なるほどなぁ」
「うっさい!」
カッとなって平手をかましたつもりが、避けられて空を切る。
「嫌ならもっと女の子らしい格好すりゃいいだろーが。スカート履くとかさぁ」
「大きなお世話なんだよ! 大体、スカートなんざ履いてたら高いとこ走れねーだろ!」
殴りかかっても蹴りかかっても飄々と避けられて、余計に苛々したところで、オルカの足は宙に浮いた。
「つーかまーえた」
ともだちにシェアしよう!