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第2話 盗っ人兄妹(11/12) いちゃいちゃ
――キスがしたい。
唐突だが、アルは鼻に乗せた眼鏡越しに、小一時間ずっとそう考えていた。
大聖堂の上階にあるユーベルの部屋に招かれて、色々と言葉を交わすのは楽しかった。
入浴後に迎えてくれたユーベルの髪がしっとりと濡れていて、指を通したら青く透き通りそうだな、と見とれたりしながら、紅茶を片手に投げかけられる言葉とじゃれ合って、気が付いたら結構な時間が経っていた。
程よく夜も更けてきたところで、恋人と二人きりという状況でそう考えるのは普通のことだろう。
問題は、相手側に全くその気が感じられないことだった。
「眠くなった?」
言葉が途切れたアルを見て、ユーベルが問いかける。
当たり前だが、いつもの聖服を脱いで上下一枚ずつの軽装でくつろぐ姿は、アルには目の毒でもあり、時間帯もあって顔を上げられない。
「いや、そもそも夜型だったからさ、眠くはないんだけど」
けど、代わりにやたら元気になってきた。主に下半身が。
紅茶を口に傾けるときにちらりと見える手首、たかが手首なのに目が釘付けになって、掴みかかりたい衝動に駆られそうになる。
そんな心中も知らずに、ユーベルは肘をついてアルをじっと見た。
「不思議だよね、猫さんって。いわゆる獣人…なのかな? それとも、ご両親が猫とヒトなのかな…」
「いや待て、想像すると結構エグイぞそれ。獣人ってことでいいんじゃないか? 他にこんなヤツ見たことないけどな」
この点についてはアル本人もわかっていなかった。
何せある日を境に記憶がなく、始まりの記憶から既にこの姿だったのだ。
昔の記憶がない、というのは、ユーベルも流石に知っていた。
「目が悪いの? 今もだけど…たまーに眼鏡してるよね」
「ああ、これ普通の眼鏡とは違うんだよ」
そう言ってアルがテンプルのない眼鏡を外す。
「ちょっと見てて」
電灯を見上げると、アルの瞳孔は途端に細長く縦に伸びた。
濃い月のような虹彩に裂け目のように鋭い瞳孔が走る。
まさしく、明るい場所で見る猫の目だった。
「へーすごい…、本当に猫みたい…。みたいって言うのは変かな? 綺麗だね、君の目」
「そ、そうか? そんなつもりで見せたんじゃないんだけど…」
照れたアルが頭を掻きながら視線を落とすと、ゆっくりと瞳孔が満月に戻っていく。
それを見つめるユーベルが、興味深そうに顔を近付ける。
「あ、戻っていく…面白いね、いつもの猫さんだ」
「…っ、ひ、人によってはさ! 怖がるヤツも居るから。明るくてもこうならないように掛けたりすんの、ちょっとした細工がしてあって」
「そっか。やっぱり、人と違うって大変だね」
距離の近さでどぎまぎするアルが眼鏡を掛け直そうとすると、不意にユーベルの手が伸びて、それはアルの鼻に戻ることなく優しく奪い取られてしまった。
「…な、何してんだよ」
動揺するアルを、ユーベルがくすっと笑う。
アルにはそれが妙に艶っぽく聞こえて、耳の内側を撫でられたような感覚にピピッと耳の先を震わせた。
「必要ないなら、掛けなくていいよ。私はこっちの目の方が好きだよ」
そこへ“好きだよ”なんて言われると、もはやアルには誘っているようにしか聞こえなかった。
気が付いたら衝動に胸を蹴飛ばされて、半ば無意識に肩に掴みかかっていた。
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