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第2話 盗っ人兄妹(12/12) いちゃいちゃ

驚いたユーベルが、目を見開いたまま硬直する。 「えっ、なっ、なに急に…、ちょっと痛い」 「あっ、ご、ごめん」 痛い、という言葉でアルはあっさり手を引いた。 あまり興奮すると、悪夢が正夢になり兼ねない…そう危惧したアルは、ひとつ深呼吸をした。 せっかく一歩踏み出したのだから、これからじっくり仲を深めていけばいい。 それに、男を対象にきちんと興奮できているのが不思議でもあって、安心もできた。 それだけでも今夜は充分な収穫だ、と自分に言い聞かせて、今日のところは大人しく帰ろうと決意を固めた。 「あー…もう、遅いから。そろそろ帰る」 「…そう? あの、眼鏡のことで気を悪くしたなら、ごめんね」 ユーベルがてんで的外れなことで申し訳なさそうにすると、それで気が解れたアルが短く笑う。 「違う違う。そっちはむしろ気に入ってくれたみたいで、嬉しかった。そうじゃなくて」 緊張から解放されたアルが余裕ぶってぐっと顔を近付ける。 唇同士が触れ合いそうなくらいに。 「…こういうこと、したくて堪らなくなるから。…我慢できるうちに帰らないとな」 「っ……!」 かつてない距離に、お互いの瞳があった。 琥珀色の猫の目と、澄んだ宝石に似た青色の目。 青色の方が一気に耳まで赤くして、その場で俯く。 「あ、あの…そうか。そうだよね…気付かなくて、ごめん…」 髪の隙間から覗いた耳の端が染まっているのを見て、アルは感動を覚えていた。 想いを受け止めて貰えたのは同情なんかじゃなかったんだと、はっきり実感できて、ついさっき固めたばかりの決意はあっさりと崩れていった。 「ちょっとだけ、ワガママ言わせて」 「…なに?」 恥じらいに染まる青い目がそろりと向けられる。 「キスさせて」 「……、うん…」 控えめな頷きと共にまた視線が逸れる。 頬に手を添えると、不安そうな青い目が帰ってきて、じっと見つめられると、アルの胸は頭に響くほど早鐘を打った。 「あのさ、緊張するから、目閉じて」 「ご、ごめん…!」 流れですんなり出来るようなことでも、きちんと段階を踏まねばと変に気負ってしまっているのは、やはり同性を相手にするからだろうか。 それだけじゃなく、単純にユーベルのペースに合わせたいな、とアルは思っていた。 人よりも性欲が強い自覚がある分、巻き込んで無理はさせたくない。 そんな風に考えながら、ちゅ、と触れ合った唇は想像よりも柔らかくて、温かくて、呼吸を止める気遣いが心を擽った。 ただ触れ合わせただけで、ゆっくりと離れながら見つめる瞼の隙間は、恥じらいながらも愛おしそうに微笑んでくれた。 キスひとつでこんなに満たされた気持ちになったのは、初めてだった。 「…嫌じゃないか?」 変に気遣って頬を撫でると、ユーベルは照れ臭そうに顔を伏せた。 「…嫌なわけないよ。好きなんだから」 「…そっか、うん…へへっ…」 今度はアルが照れる番だった。 緩む口元を隠すように、ユーベルの身体を抱き締める。 「やっぱり帰るの?」 腕の中からそう言われると、甘えられているようで気分が良い。 本当はこのまま朝を迎えたいところだが、想い人と共に居て何もしない自信が持てないアルは、ユーベルの体温をお土産にして頷いた。 「うん…今日は、帰るよ。その代わり、また来てもいい?」 「ふふ、もちろん。いつでもどうぞ」 そんなやり取りを交わして窓から去って行くアルを見送りながら、ユーベルはまたひとつ疑問を抱くのだった。 アルは一体、どこへ帰っているのだろうかと。

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