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第3話 クリスの恋(7/8)

時を戻して、現在。 ユーベルが19で、クリスが16の年になった。 お調子者の猫男がユーベルに熱を上げて、司教として強引に編入し、上階に足繁く通っている光景が日常となった大聖堂に、一通の手紙が届いた。 「ヒルダ様! ヒルダ様、いい報せです!」 珍しく声を弾ませたユーベルがヒルダの部屋のドアを叩く。 中から「お入り」という返事を待つやいなや、手紙を握りしめたユーベルがドアを開けると、目の前に壁が立ち塞がっていた。 いや、よく見ると壁ではなく人だ。 そしてその人物は、部屋に入ってきたユーベルを抱き締めるなりこう言った。 「戻りました、ユーベル様」 「…え? えっ!?」 頭上から降ってきた聞き覚えのない低い声。 見上げて最初に目に入る、真っ白な髪。 大人びた顔立ちは端正に整っていて、白い肌に映える空色の瞳は他の誰でもない。 突然の出来事にユーベルが目を白黒させるのも、無理はなかった。 何故なら手紙には、二年で戻るはずだったが四年も戻らず、連絡も途絶えていたクリスがやっと戻って来る旨が書かれていたのだ。 それを伝えにここへ走ってきたのに、今ユーベルを腕の中に収めている人物こそが、手紙の差出人であるクリスだった。 「ちょっ、えっ、待って! どういうことですか!?」 「ほっほっ、狼狽えてるねユーベル。なに、単に手紙が届くのが遅れただけのことだよ。よく見なさい、紛れもなくクリスだから」 促されてユーベルは改めて顔を上げた。 宣言通り、ユーベルよりも頭ひとつ分ほど背が高く成長したクリスは、昔と変わらない空色の瞳で優しく微笑んだ。 「縮みましたね、ユーベル様」 「おっ、おう、ほんとそうだね…っていやいやいや! とりあえず離してください」 「それは、お断りします。久々に会えたのだから、もう少し堪能させてください」 「ヒルダ様! 離すよう言ってください!」 「…ええ? すまないね、最近耳が遠くて」 「!? なにとぼけてるんですか! 元気なくせに!」 「ほっほっ」 ヒルダの部屋がこんなに賑やかになったのはいつぶりだろうか。 ひとしきり騒いだあと、昔のようにヒルダが紅茶をいれて、三人で向かい合って座る形に落ち着いた。 ひと息ついたユーベルが口火を切って、数ある疑問の中から一つを選び出す。 「背が伸びたねとか、元気そうで良かったとか、色々言いたいことはあるけど…どうして四年もかかったの?」 「心配しましたか?」 「当たり前でしょう、なんの連絡もなかったんだから」 その言葉が、クリスは素直に嬉しかった。 四年経ったにも関わらずまるで変化のないユーベルをまじまじと見て、懐かしさで思わず笑みが浮かぶ。 「少し遠くまで足を伸ばして、これを取ってきました。後日、僕の荷物が届くので、新しい聖服もその時に」 そう言ってクリスが鞄から取り出したのは、司教であることを証明するカードだった。 発行しているのは教えの総本山である隣国のみで、厳しい試験を突破するか、多くの実績を積み上げるか、はたまた神託を受けた神子でもない限り入手することの出来ないそれを、ユーベルとヒルダはよく知っていた。 ユーベルの持っているものと、全く一緒だったからだ。 「ええっ…す、すごい、16で…勉学だけで取れるようなものじゃないのに」 「12で取れるものでもないと思いますよ」 何かを言いかけたユーベルは口を閉じて、カードに見入るフリをした。 クリスは己の努力でこれを手にしたのだ。 同じカードを持つアルも、退魔の実績を認められて実力で手にしている。 それに引き換え、ユーベル自身のこのカードは、女神と同調できるという体質の影響が大きかった。 それだけに頼らないように、と努力はしていても、実力が評価されたとは言い難い今の地位には、いつもどこか後ろめたさがつきまとっていた。 黙り込んだユーベルを見て、傍から見れば嫌味の応酬か、と気付いたクリスがカードをしまって咳払いをする。 「これを取りに国を越えていたので、連絡が出来なくなったんです。その点については、すみません」 「そういう事情があったなら仕方ないけど…でも、なんでまた」 ユーベルの疑問にヒルダが口を挟んだ。 「やれやれ、愚問でしょうに。相も変わらず鈍感な…」 そう言って、彼女はよっこいしょと部屋を出て行った。

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