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第3話 クリスの恋(8/8)

ユーベルがヒルダの意図を汲み取れずにいると、クリスはくすっと笑った。 「気を利かせてくれたんですよ。ヒルダ様は昔からずっと、僕の味方で居てくださる」 「は、はあ…」 自分だけ蚊帳の外にいる気がする、と気にするユーベルの両側に腕が伸びて、ソファーとクリスの間に閉じ込められる。 距離の詰め方にぎょっとしたユーベルが目を見開いて、至近距離で見つめ合う。 「これがあれば、二度と離れ離れにならなくて済むでしょう? だから、その為に四年も我慢したんです。ずっと一緒に居るために」 「な、なるほど、たしかに」 本能的に警戒心を抱いたユーベルは、なるべく感情を表に出さないようなリアクションを心掛けた。 今この場で動揺したり喜んだりすると、良からぬ展開が待ち受けている気がしたからだ。 この四年でさすがに少しは学んでいた。そういう趣味の人も少なからず居るのだと。 そんな努力をよそに、クリスは唇が触れ合いそうなほど顔を近付けた。 「ユーベル様のおまじないのおかげで、帰って来られたんですよ」 「――っ!」 吐息混じりに囁かれて、当時の事を鮮明に思い出したユーベルは、思わず顔を背けた。 あれはユーベルの中で、長らく記憶の扉の中に封印していた出来事だったのだ。 しかしこうも直接的に呼び起こされると、あの時の感触までもがまざまざと蘇ってきて嫌でも顔に熱が集まる。 「顔、赤いです」 クリスがからかうと、ユーベルは深くため息をついてから、目の前に迫る肩を押し返した。 「もう、なに覚えて帰ってきてるの…」 「学んできたんです。出来る時にやらなければ、後悔することになると」 「じゃあ、私がこういうのは苦手だってことも学んでください」 ユーベルがきっぱりそう言うと、クリスはわかりました、と物分りの良い返事をして離れていった。 それからユーベルの側に跪いて、見上げながらこう言った。 「ところで、無事に帰ってきたんです。欲しい一言があるんですけど」 「ん? …あ、そうか。まだ言ってなかったね」 今しがたの雰囲気もあって少し考えたユーベルは、それはそれ、これはこれ、と線引きをして、苦笑混じりに両腕を広げた。 クリスは遠慮することもなく、彼の胸に額をつけて、目を閉じる。 「おかえり、クリス」 「…うん。ただいま」 ユーベルの手が、髪を撫でてくれる。 何度も思い出しては、絶対に帰るんだと決心させてくれた彼の香りが胸を満たす。 節目の度にこうして抱いてくれる温もりは、昔と変わらず優しいままだった。それなのに。 「もう子供じゃないんだから、こうするのも終わりにしないとね」 ユーベルが無情にもこう言うものだから、クリスは大いに狼狽えた。 「え!? い、嫌です! 困ります、そんな…」 「いやでも、君も私より大きくなったし。さすがに誰かに見られたら…」 「こう見えてまだ16ですよ。甘えたいお年頃ですよ。それに、こんな風にクセをつけたのはユーベル様なんですから、責任とってください」 「そ、それを言われると、反論できない…」 正論で責められたユーベルが気圧されて頬を掻く。 「でしょう。僕がいいって言うまでは続けてもらいます」 「いつまで経ってもいいって言わない気がするよ!」 「ええ、言う気はありませんよ」 クリスははっきりと言い切った。そして再び、ユーベルの胸に顔を埋める。 「うう…もっと違うやり方にすればよかった…」 「観念してください。こんな風にしたのはあなたです」 「うー…」 困り果てるユーベルに擦り付くクリスは、幸せそうにふふっと笑った。 その笑顔にはまだ幼さが残っていて、ユーベルは余計に彼を引き剥がせなくなるのだった。

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