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第4話 バレンタイン(2/5)

コンコンコン、とノックの音が響く。 「ユーベル様、入ってもよろしいですか?」 「はぁい、どうぞー」 「あの、ちょっと聞きたいのですが。これはどうすればいいんですか…?」 ユーベルの部屋を訪れたクリスが困った様子で抱えている箱の中身は、彼が貰ったチョコレートの山だった。 「どうって…食べるんです。時間をかけてでも」 「ええ…!? これ一つじゃないんです、まだあと二つあって」 あまり甘い物が得意ではないクリスは、助けを求めるようにユーベルを見た。 するとユーベルは、ふぅ、と溜め息をついて、ドアの横を指差した。 「残念だけど、私は手伝ってあげられないからね…」 「うわ…っ」 振り向いたクリスの目に入ったのは、4段ほど積み上げられた段ボールだった。 もしかして毎年こうなのかと想像すると、箱越しにも香る甘ったるい匂いに身震いがする。 「くれた人の想いがあるから、無碍に出来ないし…大聖堂の子達からも貰ってるから、振る舞うわけにもいかないし。それに、お返しのために名前も控えなきゃならないし…むしろ手伝ってよクリス」 ユーベルが泣き言を言うのは珍しかった。 彼に頼られたことのないクリスはこれに喜びを感じ、腕の重さなんか忘れて二つ返事で承諾した。 「わかりました、ユーベル様がお困りなら何でもします」 「う、うん。その前に自分の分も頑張らないとね」 ユーベルは心の中で、しまったと後悔していた。 これからの作業を考えてつい零した弱音を、彼の性格上本気で捉えることを失念していたのだ。 妙に元気になったクリスを部屋に帰して数分後。 箱の包みを解いて、差出人を確認し、時には同封された手紙を引き出しにしまいながら、送り主の名前を名簿に記入していく。 黙々とその作業をユーベルが自室でこなしていると、今度は窓を叩く音がした。 窓から訪問してくるのは一人しかいない。 「おーっす、寒いからはやく! いれて!」 頭に黒い猫の耳と白い雪を乗せたアルが、やけに真剣な表情で震えていた。 「…ふふ、どうしようかな」 「えぇ!? 意地悪するなら別の日にして! ほんっとーに寒いんだって!!」 「わかったわかった」 震える様子が面白かったからつい焦らして笑うユーベルが窓を開けると、刺すような冷気とともにアルが部屋に転がり込んできた。 「さささ寒寒…っ!」 「あのね、普通に来てくれればそんなに寒い思いもしなくて済むんだよ」 「だだって神父に捕まるとうるさささいからっ…」 「…とりあえず、シャワー使っていいから、温まっておいで」 「そそうする! サンキュー!」 縮こまって駆けていくアルを窓を閉めながら見送ると、温かいものが欲しくなるだろうと気遣ったユーベルは珈琲を淹れ始めた。 少しのあと香ばしい匂いが漂い始めて、シャワーの音が止まったところでアルが叫ぶ。 「ごめん服貸してー!」 「あぁ…しょうがないなあ。ちょっと待っててー」 雪でびしょ濡れになったアルの聖服はとても袖を通せる状態じゃなかった。 風邪を引かれるのは困る、とユーベルが替えの聖服を探していると、不意に部屋のドアがノックされた。 「ユーベル様、こちらは終わりましたので、手伝いに参りました」 「あ、ちょっと待ってっ…のわっ!?」 間の抜けた叫び声と共に、何かが派手に崩れ落ちる音がして、クリスとアルは思わず同時にドアとカーテンを開けた。 「どうしたユーベル!」 「どうしましたユーベル様!」 「「!!?」」 鉢合わせた二人の片方が全裸だったせいで、良からぬ誤解が生まれた瞬間だった。 「ゆ、ゆ、ユーベル様! 暴漢ですか!? 押し入り暴漢ですか!?」 「うおおい何とんでもない勘違いしてんだ! 仮にも同僚に対してひどい!」 「どっ…同僚!? 僕に同僚はユーベル様しかおりません!」 「あっ、ユーベル! ユーベルはどうした!?」 「そうだユーベル様は! 大丈夫ですか!?」 混乱する二人の視線の先には、散らばったチョコレートの箱にまみれてへたり込むユーベルが罰が悪そうに笑っていた。 「ちょっとつまずいちゃって…ご、ごめん」

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