30 / 109
第4話 バレンタイン(3/5)
三人分の珈琲がテーブルに並ぶ。
ユーベルの聖服を着込んだアルと、その経緯に歯噛みするクリスと、板挟みで気が重いユーベルの分だ。
警戒心を強めるクリスを落ち着かせようと、ユーベルが口を開いた。
「えっと…クリスはまだ知らなかったね。君が戻って来る少し前にここに配属されてきた…えっと…」
「アルでいいよ」
言い淀んだユーベルをフォローするように、アルが付け足した。
「へえ…それにしては、お見かけしませんけど」
「はは…サボり癖があって、この人…」
二人のやり取りに、アルがいやぁと頭をかいて照れる。
そんな様子のアルにクリスの苛立ちは増していた。
「そもそも、何故ここに居るんですか? 何故裸だったんですか? 何故ユーベル様の服を着てるんですか…!?」
「お、落ち着いてクリス」
「よし答えよう。一つ、ここが俺のオアシスだから。二つ、寒くて震える俺を優しいユーベルが温めてくれたから。三つ、そういう仲だから、だ」
「や、やめて猫さん! わざと誤解を生むような言い方するのはやめて!」
「こ、こいつ…ころす…!」
「!? クリスも物騒なこと言わないで!」
からかい好きなアルと、生真面目なクリスはソリが合わず、頭に血の昇ったクリスの呼吸が不自然に早まっていた。
幼い頃に何度も見たクリスの癇癪が重なる。
これはまずいと悟ったユーベルは、クリスを咄嗟に抱き締めた。
「お、落ち着いて、クリス。言い方が悪いだけだから。雪でびしょ濡れだったからシャワーと服を貸しただけだよ」
そのやり取りに、今度はアルがぎょっとした。
ちょっと興奮したくらいで大袈裟すぎる宥め方だ。
怪訝な表情で観察していると、呼吸を乱したクリスがユーベルの背にしがみついて、その象牙色の指が真っ白になるほど食い込ませるのが見えた。
「っ……、本当ですか、ユーベル様…」
「本当だよ。私が嘘をついたことがある?」
「…ないです」
クリスが落ち着きを取り戻しかけたところで、アルがぼやく。
「俺だって嘘は言ってないぞ」
「猫さんは黙ってて」
「き、傷付く…」
アルの声を聞き流して呼吸を落ち着けたクリスが、ひとつ深呼吸をして、ユーベルの背中から手を離した。
「もう、大丈夫です。取り乱してすみません、ユーベル様」
「うん、気にしないで」
「俺には謝らないのか…」
「そもそも猫さんのせいでしょうが」
口々に言葉を発していると、疑問を抱いたクリスが割り込んだ。
「あの、ユーベル様はどうして、アルを猫と呼ぶのですか?」
当然の疑問に、アルとユーベルが目配せをした。
そこに何かがあるのかと敏感に感じ取ったクリスが食い下がる。
「耳と尻尾が本物なのはわかります、さっき全裸だったので。猫扱いは納得がいくんですが、何かの隠語ですか?」
妙に勘繰るクリスの疑問を解すように、ユーベルが笑ってみせる。
「そんなんじゃないよ。うーん…、猫さんパス」
「えー!? あー…、アルって俺の名前じゃないから、呼びたがらないんだよこいつ」
クリスは名前についてよりも、アルがユーベルをこいつ、と呼んだことに反応した。
なんて失礼な奴なんだと少し考えたあとに、愛想笑いを作って答えた。
「では僕は猫野郎と呼ばせて頂きます」
「はあ!? 野郎ってなんだよ! ユーベルもなんとか言ってくれ!」
「え…、う…、に、似合ってるんじゃない…」
「!? ひどい裏切りを見た…」
傷心のアルは、ユーベルが自分よりクリスの肩を持つことを面白くないと感じながら、深く溜め息をついた。
ともだちにシェアしよう!