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第6話 違和感(8/8)
ただ魔法を使わなかっただけでは?と疑惑の目でクリスが見ると、ユーベルは街路樹に歩み寄った。
「私の場合、触らないと何も出来ないんだ。見てて」
ユーベルの手が、街路樹の幹に触れる。
すると街路樹全体がふわりと薄緑色に発光して、さわさわと揺らぎ始める。
葉のない枝先を見上げたユーベルは、もう片方の手でイヤリングを外した。
彼の視線を追いかけてよくよく見ると、枝の先端から新芽が顔を出して、急速に成長しているようだった。
初めて見る光景に目を奪われたクリスが、息を呑む。
「え…すごい、です…」
「あはは、すごいだけならいいんだけどね。よく見て。魔力が流れてるの、わかる?」
促されて、集中して目を凝らすと、確かに魔力の流れが見えた。
青く光るそれはユーベルの腕から一方的に街路樹の方へ流れていくばかりで、循環している様子が見られなかった。
「はい。ユーベル様から、樹に流れてますね」
「うん。勝手に流れ出ていくんだよね。それに、触れたものに同調しちゃうから、対象が人でなくてもこうやって吸い取られてしまう」
話をしている間にも、街路樹はどんどん成長を続けていた。
青く葉が茂って、この一本だけ一足先に春を迎えたようだった。
「あっ! まずい、やり過ぎた…」
ユーベルが慌てて手を離すと、街路樹の発光も収まって、静かに佇むただの樹に戻った。
本来、人体の治癒力を高めるだけの魔法だったはずが、不思議な現象を引き起こした結果として、この茂った街路樹があるのだ。
クリスは俄に信じ難くて、自分の手でもその幹に触れてみた。
「…普通の、樹…ですね」
「ふふ、そうだよ。信じられないなら、クリスにも触れてみようか?」
言葉のチョイスが、思春期にあるクリスにはいやらしく響いた。
それはそれで大きく首を縦に振らせたが、知的好奇心もあって真面目な顔で頷く。
「やってみてください」
「いいよ」
ユーベルの手が、今度はクリスの肩を掴んだ。
その瞬間、クリスの身体をほんのり青く光る魔力がふわりと包み込んだ。
満たされるような、力が漲るような、不思議な感覚がクリスを高揚させる。
頃合をみてユーベルが手を離すと、目に見えていた光はスゥと消えたが、身体中に満ちた高揚感はそのままだった。
「なんとも、不思議な…充足感があります。魔力が上乗せさせられた感じと言うか…膨満感とは違って、心地良いと言うか…とにかく、信じます」
「うん。クリスは回復魔法が得意なんだね」
「そんなこともわかるんですか?」
「同調するとね、魔力の持つ性質も大ざっぱに伝わってくる。…便利に思えるかもしれないけど、私の意思じゃ流れ出るのさえどうにも出来ないから、これでコントロールしないといけなくて」
ユーベルが話しながら、イヤリングを耳に戻す。
長いこと一緒に居たはずなのに、何も知らなかったクリスは、それに少しショックを受けていた。
「全然、知りませんでした…」
「そっか。聖堂の中じゃ、魔法は使っても魔力そのものを使うなんてことないからね。魔法だけならイヤリングをしたまま流し込めるし…、久しぶりに人に説明したなぁ」
ややこしいから口で伝えるのは面倒くさいんだよね、と笑うユーベルを伴って、再び帰路に着く。
聖堂までの道のりの間、ますます好奇心を強めて質問攻めにするクリスの姿と、曖昧に答える苦笑しっぱなしのユーベルの姿があった。
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