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第7話 流行り風邪(1/12)
礼拝に来る人が、今日はやけに少なかった。
それに、来ている中でもマスクをしている人が大半を占めていて、事の深刻さを物語っていた。
「風邪が流行ってますので、お気を付けて」
そう言って帰路につく人々を送り出したユーベルが、隣のクリスへ話しかける。
「うーん、今年はひどいね。なかなか治りにくいんだって。うちも半分は罹ってるみたいだし…。あれ? クリス?」
珍しくすぐに返事が返ってこないクリスを見上げると、真っ赤な顔でぼんやりと一点を見つめていた。
元が青白いため余計に赤さが際立つ。
「ちょ、ちょっと! 大丈夫?」
「…あ。ユーベル様。平気です、ご心配にはおよびま…せ…」
「ぁあ危ない!」
ぎこちない笑顔で取り繕うクリスが今にも倒れそうなほどふらつく。
ユーベルが咄嗟に受け止めると、震えと、荒い呼吸と、異常な熱さが伝わって来て、驚きで目を見開いた。
どう考えても大丈夫じゃない。
「うわっ、全然平気じゃないよ! 調子が悪いなら言ってよ、もう」
「す、すみません…」
「歩けそう?」
頷いたクリスに肩を貸して、医務室へ向かう二人の背中。
その高低差を見かけたごくごく一部の女性司祭達が色めき立って、身内で盛り上がっていることなど知る由もなかった。
きっと彼女らには風邪の細菌も勝てないことだろう。
医務室で診てもらったクリスは案の定、流行り風邪だった。
処置を受けて、ユーベルが彼を部屋まで誘導している間にも、段々と具合は悪化していく。
やっと辿り着いたベッドに崩れるように寝転んだクリスは、辛そうに荒い呼吸を繰り返していた。
氷水と、飲料水と、タオルを用意しなければとユーベルが立ち上がろうとすると、ぐんっと腕が掴まれた。
「行かないでください…」
「……、言うと思った」
こうやって、幼い頃のクリスも一人になるのを嫌がった。
思い出の中の小さな手を重ねて、短く笑ったユーベルが、優しい手付きでクリスの頭を撫でる。
熱の篭ったクリスの顔は桜色に染まっていて、見るからに苦しそうだ。
でも少しだけ、不謹慎とはわかっていながら、綺麗だとも思えた。
「タオルと、水を持ってくるだけだから。大丈夫、居なくなったりしないよ」
穏やかに話すと、不安そうに揺れていた空色の瞳が瞼の奥に隠されて、はい、と腕が離された。
静かにその場を離れたユーベルが少ししてから戻ると、クリスは苦しそうな表情のままで眠っているようだった。
氷水で濡らしたタオルを絞って、首元にゆっくりとあてがうと、ひんやりとした刺激でクリスの目がうっすら開いて、隙間から虚ろな眼差しが向けられる。
「…ちゃんと居るよ。今は、ゆっくりおやすみ」
そう言葉をかけると、クリスは再び瞼を下ろして眠りに落ちていった。
一度目覚めるまでは傍に居ておこうと決めたユーベルが、何か程よく時間を潰せるものはないかと、最近使われ始めたばかりの部屋を見回す。
ここに来て間もないというのもあるが、それにしたって殺風景だ。
ベッドに机に本棚、来客用のソファーと、水場にはコップが一つだけ。
そこに装飾の類は一切なくて、ガランとした印象に孤独を感じる。
本棚を見てみても、聖書やその類のものが並ぶだけだった。
机の引き出しを勝手に開けるわけにもいかず、結局何も見つけられずに、椅子へ深く掛けたユーベルはクリスの寝顔につられるように目を閉じた。
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