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第7話 流行り風邪(4/12)
連れてこられたのは、様々な木工細工が飾られた、ポプリのいい匂いがする部屋だった。
動物を象った置物や、花飾りが付いた写真立てが可愛らしくてキョロキョロしていると、奥から出てきた部屋の主にユーベルが頭を下げた。
それに倣ってぺこりとお辞儀すると、しゃがれた優しそうな声が迎えてくれる。
「はいはい。どうしたのユーベル。血相変えて珍しいね」
「ヒルダ様。体調はいかがですか?」
ヒルダ様と呼ばれたのは、偉い人が集まる時にしか見かけない、老齢のシスターだった。
老齢といっても、背筋もしゃんとしていて、まるっこいフォルムが愛らしい。
「私は大丈夫。ピンピンしてるよ。クリスと神父の坊やが倒れたんだってね」
話をしながら促されたソファーに、それぞれ腰を降ろす。
「はい。ヒルダ様はお元気なようで、良かったです…ちょっと見て頂きたいものがありまして。…エレノア、さっきの見せてもらえる?」
「えぅっ!? は、はい!」
急に話題を振られて、びっくりして背筋を伸ばしたエレノアが、どぎまぎしながらお守りの首飾りをケープから取り出した。
「! これは…」
装飾された台座の中央にある石を見た瞬間、ヒルダは細い目を見開いてユーベルと目配せをした。
「油断したね、ただの流行り風邪だと思っていたけど…そうか。考えてみれば、残っている者は皆、特別に聖の力が強い者ばかりだね」
「やはりそうですか…すぐに手を打たないと、まずいですね…」
二人の中では通じていても、エレノアにはさっぱり訳がわからなかった。
なんだか大変なことらしい、このお守りがどうなってるのかもわからない。
相談する二人に割って入るのは気が引けたけど、いま聞かないともう聞けなくなる気がして、エレノアは声を上げた。
「あぁあのっ!」
思ったより大きい声が出て、二人がびっくりした顔で目を向ける。
「あひっ…ごめんなさい…。何が起きてるのか、わたしも、気になってしまうのです…」
話を中断させたことを引け目に感じて、段々と声が小さくなる。
この時のエレノアは、まさかこれがきっかけで、とんでもない体験をすることになるなんて夢にも思わずにいた。
じめっと澱んだ空気の中を進むエレノアは、緊張した面持ちでケープの上からお守りを握り締めた。
石造りの壁と、低い天井からなる通路を抜けて階段を降りた先は、大聖堂の地下から繋がる、年季の入った墓場だった。
掘り起こされた地面の土と、何か饐えた臭いがむわっと香る。
ひやりと冷たい空気をかき分けるように歩く司教の二人に、慎重についていくエレノアは、ぞぞぞっと震えて悲鳴を上げた。
「あひっ!?」
「あー、いちいち反応すんなって。ここで騒いでちゃキリがねーよ」
土の中から這い出してきた腐敗した手を、アルが足で文字通り一蹴した。
鈍い呻き声を上げる屍が、他にもあちこちでぼーっと立っていて、エレノアの足は震えっぱなしだった。
「大丈夫?」
心配するユーベルの声にぶんぶんと頷いてみせる。
彼女がこんな場違いなところに居るのは、ヒルダの助言があってのことだった。
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