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第7話 流行り風邪(5/12)
「タンザナイト…?」
「そう。エレノア、おまえが持っているその石は、強い魔力が込められていてね。おまえに邪の力が及ぼうとすると、自分を身代わりにして守ってくれるんだよ」
お守りのことを、ヒルダは丁寧に教えてくれた。
そしてその力が作用している時に、石の見た目に変化が起こることも。
本当に強い想いを込めないと作れない代物だと言って、ヒルダもユーベルも、初めて見たと驚いていた。
「あなたのおばあ様は、あなたがとっても大切なのね」
そう微笑むヒルダの頬の皺を見て、これをくれた祖母の顔が浮かんで無性に会いたくなっていると、ヒルダが続きを教えてくれた。
赤色に変化する時は、魔の力が働いている時なのだと。
流行り風邪に便乗して、何かが悪さをしているようだと難しい顔をして語った。
言われると確かに、風邪が流行り始めの頃は快方に向かう人も居たけど、最近は長引くと言って、一度床に伏せるとそのままの人ばかりだった。
エレノアがやっと事態を把握できたところで、今度は二人が頭を捻った。
「さて原因はわかったけど、どこに居るのやらだね…」
「うーん。場所さえわかれば、私と猫さんでどうにか出来ると思います。ただ、我々は探知はあまり得意ではないので…闇雲に探し回ると、その間ここが誰も居なくなってしまいますし。今の状況で、司教が長期不在というのは避けたいところです」
「そういえばその、猫坊主は元気なのかい?」
「元気ですよ。どこかで昼寝でもしてる頃ですかね」
「はぁ…相も変わらず怠け者だね」
二人のやり取りを見ながら、エレノアは何か役に立てないかと考えていた。
この騒ぎの元凶がある場所を探す。そのために出来ることといえば…。
「あっ! はいっ! 私にいい考えがありますです!」
元気よく手を挙げると、会話を止めた二人がくすっと笑った。
「どうぞ、お嬢ちゃん」
「はいっ! なんとなく…なのですが、このお守り、神父様の部屋の前よりも赤いのです。それに、なんとなく…なのですが、下の方からピリピリするのです。なんだか嫌な感じで…」
「下か…」
エレノアの話を聞いたユーベルが、思案するように顎に手を当てる。
ヒルダも、ふむと同じ動作をして、二人が目配せをした。
それから、ヒルダが口を開く。
「こっちのことは私に任せて、お嬢ちゃんも連れてお行き」
「えぇっ!? …危険ですよ、エレノアはまだ修道士になったばかりで」
「ほっほっ。熟練の司教が二人もいれば、充分安全だよ。それに、」
ヒルダが不意に、エレノアの額に掌を押し当てた。
それからもう一度、ほっほっと笑って、
「意外なところで、役に立つかもしれないよ」
と意味深にウィンクしてみせた。
それから、ユーベルが言った通りに暖炉の前でごろ寝をしていたアルを捕まえた。
司教の中でもあまり見かけることのないアルは、ユーベルから二、三説明されただけで、真剣な表情でわかったと頷いていた。
それまで眠そうに欠伸をしていたし、ヒルダが怠け者と言っていたから、意外で驚いていたエレノアとアルの目が、ばっちり合う。
「…で、この子は? まさか連れて行くわけじゃないよな」
「えっと…そのまさか。ヒルダ様が連れて行きなさいって」
「ええーっ!? めんどくせぇ! お守りしながら戦うとか、俺そんな器用じゃないっての」
「エレノアのことはこっちに任せて、猫さんはいつも通りでいいから」
ぶつぶつ文句を言うアルに、足手まといの自覚があるエレノアは何も言えなかった。
それに、大聖堂の地下なんて、あるのは知っていたけど怪談話にしか出て来ないから、怖くて本当はあまり気が進まない。
「ご、ごめんなさいです…なるべく、すみっこに居ますのです」
「あはは…ごめんね、あんまり気にしないでね」
こうして三人で地下墓地に降り、冒頭に戻るのだった。
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