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第8話 貴婦人の集い(1/7)
本日の厨房を担当するのは、女性司祭達だった。
わいわいと賑わうその中で、特に仲のいい二人が、芋の皮を剥きながらおしゃべりに花を咲かせる。
「…でね、その時に思ったのよ。もしかして“ふり”なんじゃないかなーって」
「あぁー、あり得る。あり得るわ。澄ましてるけど、照れ屋みたいな。他人と触れ合うのは苦手って感じ」
「でしょでしょ? でもそれがいいのよね! それなのにこの間の…」
楽しそうに話しているのが、マリー。
格上の司祭で、ピンク色の愛らしいエプロンをさらりと着こなせる端正な顔立ちに、金色の長い髪がよく似合っている。
隣で熱心に頷いてるのは、フラン。
司祭の濃い紺色の聖服に白いエプロンをして、束ねた艶やかな黒髪が隣のマリーと対照的で、落ち着いた印象がある。
料理の下拵えをしながら、二人はひとつの話題で大盛り上がりだった。
「あれはヤバかった! 白米いくらあっても足りないくらいヤバかった!」
マリーが思い返すように目を閉じる。
次いで、フランが熱弁するように拳を握る。
「ほんとそうほんとそれ。正直、疑惑が真実に変わった瞬間ってくらい衝撃的だった…!」
二人が騒いでいると、後ろから修道士の少女が声を掛けた。
「お二人は、いつも楽しそうですね。なんの話をしてらっしゃるんですか?」
「ん? えー、知りたい? うーん、どうしよっかなぁ。君に素質があるなら、いくらでも教えてあげちゃうんだけどぉ…」
マリーがへらへらと笑ったまま、思わせぶりに返事をする。
するとフランが思い付いたように振り返った。
「そうだ。ね、名前は?」
「えっ…ステラといいます」
「うん、じゃあステラ。今からちょっと、テストしてみない?」
「テスト…?」
萌黄色の髪をハーフアップに纏めたステラが、くりっとしたオリーブ色の目を瞬かせて首を傾げた。
フランがマリーにこそっと耳打ちをして、それいい!とはしゃいでる様子を、なんだか楽しそう…と内心わくわくしながら見ていた。
小一時間後、ステラは後悔していた。
なんだかよくわからない用語を交えて相談する二人に、テストと称して不思議なミッションを言い渡されてしまったのだ。
それは、男性司教である三人から、お祈りのキスを貰ってくるというものだった。
「いーいステラ。どんな感じだったか、お願いする瞬間からして貰った感触、した後の三人の表情まで、こまかーーーっく覚えて情緒ある表現で伝えて!」
「えっ、えぇ!? な、なんでですか? というか、情緒ある表現なんて自信ありません…」
「大丈夫、ステラ。あなたなら出来る。むしろ、あなただからこそ、出来るの」
そう言って落ち着いて見える方のフランに肩を押され、大聖堂の大広間に踏み入った。
不安で二人を振り返ると、ウインクとガッツポーズが送られてきて、行かざるを得ないと感じさせる。
「大丈夫、三人の中じゃ一番難易度低いから!」
「そうそう、ベリーイージーにも程があるくらい。たぶん私達でも、頼めばしてくれるレベルの易しさだから」
「なら、お二人が行けばいいじゃないですか」
「それは駄目なのよー、ルール違反なの。私たちは檻の外からそっと眺めて、美味しくご飯を食べることしか許されてない人種なの」
「…わ、わからないです」
「いいから頑張って! いってらっしゃい!」
二人が手を振って、大広間からそそくさと去ってしまった。
会話の内容が気になっただけなのに、そもそもどうして私がこんなことしなきゃならないんだろう…と我に返る。
でもなんだか、私をけしかけている間も二人はとても楽しそうで、羨ましく思う自分も居た。
「…よし」
とにかくやってみよう、と胸の前で拳を握る。
たしかにフランが言っていた通り、三人の中では一番頼みやすいし、何より正当な動機もあるにはある。
こうして意を決した私は足を動かし、女神像を背にして教壇で書き物をするユーベルに近付いた。
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