75 / 109

第9話 好み(9/10)

目が覚めた時に、隣に想い人が居る幸せったらない。 自分の腕を枕にして安心して眠る相手が、日頃は一人で立つのが当たり前で、誰かに寄り掛かろうとしない性格の持ち主だと、信頼されている喜びも殊更大きい。 そんな、ちょっと小難しいことを寝覚めのアルが感じていた時だった。 腕の中の恋人が、規則的な呼吸を止めて、静かに目を開いていく。 「ん…。ん…? あれ…」 寝ぼけ眼のままぼんやりと見上げてくる表情が、年齢よりも幼く感じて、思わず笑みが零れた。 「おはよ。昼寝したの、覚えてるか?」 「…、あぁ、そっか。うん、おはよう」 昼寝なんて滅多にしないから、混乱したんだろう。 朝はいつもアルより早くて、誰かに寝起きを見られることのないユーベルが、少し気恥ずかしそうにはにかんだ。 「あ…腕、痺れてない?」 「ん? あぁ、へーき。…いやちょっと痺れてるな」 「えぇ…降ろしてくれて良かったのに、ごめんね」 そう言ってユーベルが頭を浮かせると、枕じゃない方の腕が首をぐいっと引き寄せて、気が付いた時にはアルの胸の中でぱちりと大きく瞬きをしていた。 「…うわ、びっくりした」 「おそ。時差すげーな」 「あはは。ちょっと、寝起きだと頭が」 頭が働かないついでに、目の前の胸板に頬を擦り寄せる。 普段は恥じらいに負けて出来ないが、こうして距離をなくして温もりを感じるのがユーベルの好む触れ合い方だった。 多少息苦しい分、より温かくて、篭った声でユーベルが笑う。 「また笑ってる」 「ふふ…猫さん、こうするの好きなのかと思って」 「ん…まぁ、そうだな。お前もだろ?」 「…うん。気持ちよくて、好きだよ」 少し沈黙が流れた。 言葉の意味を、アダルトなお誘いと勘違いして無駄にドキドキするアルと、急にだんまりになったアルに自分の台詞を思い返して、気まずさを察したユーベルと、それぞれの思惑が込められた視線がぶつかる。 「あっ、ち、違う! そういう意味じゃなくて」 「狙ってんのか? 狙って言ってるのか? だとしたら生殺しもいいとこだぞ、このやろう」 「うわ、ちょっとやめ…く、擽った…あはっ! やめて! ごめんなさい! あははっ!」 このまま踏み込んでいけない腹いせに、アルがユーベルの脇腹を擽る。 擽ったさのせいだとわかっていても、楽しげに笑うユーベルの頬が紅潮していくのを見ると、完全に墓穴を掘ったと言わざるを得なかった。 アルの下半身は健康で、そして素直だった。 「わ、笑い疲れた…」 「だろうな」 ぐったりした様子でぜぇぜぇと息をするのさえ、アダルトな感じにしか見えない。 アルの脳みそは今、少し可哀想なことになっている。 そんな可哀想なフィルター越しに、アルはユーベルに馬乗りになって、顔の両側に手をついた。

ともだちにシェアしよう!