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第9話 好み(10/10)
「疲れただろ? 寝てていいぞ」
「え…おおおい!? ちょっと! そんな流れじゃなかった!」
アルの口付けを受けたユーベルが色気もなく声を張る。
しかしそんなことはお構いなしに、聖服の襟を留めるホックがアルの口によって外されて、襟元が開いていく。
「聞いてない…!」
「聞こえない」
ユーベルの嘆きに一声返して、露わになった喉元にキスをする。
すると生唾を飲むようにユーベルの喉が動いて、アルの身体の芯をじりっと疼かせた。
襟が多少緩んでも見えない位置を選んで、日頃秘められているその白い首にきつく吸い付く。
「いっ…痛、なに…?」
「俺とこういうことしましたよーって、印」
「…えぇええっ!?」
「人に見せんなよ。根掘り葉掘り聞かれるぞ」
「じゃあしなければいいのに…!」
「へへっ」
正論だが、正論でも勝てない独占欲がアルにはあった。
公に出来ない代わりに、どこかでこっそりと主張してやりたいと、前々から思っていたのだ。
再び首元に顔を埋めると、温かなユーベルの匂いで胸を満たしながら、トクトクと流れる脈に沿って優しくキスを落としていく。
「…、っ…、く、擽った…」
唇が鎖骨にまで届くと、わざとちゅ、と音を立ててユーベルを見上げた。
すると恥じらいからか、口元に手を当てた彼も、視線に気付いてちらりと見下ろしてくる。
「あの…」
「やべ、色っぽい。あ違う…心配すんなって、見えるとこには付けねーよ」
「そうじゃなくて」
ユーベルが話そうとしても、アルは聞く耳を持たずにキスをして口を塞いだ。
くぐもった声が吐息に混じって、胸が押し返される。
そんな初々しさに歯止めが利かないところまで興奮したアルが、ユーベルの片脚を抱えて自らの腰に掛けさせた時だった。
「っ…ね、猫さん! あと十分で総礼拝!」
「……へ?」
「後ろ! 時計みて時計!」
後ろと言われて振り返ると、確かにそんな時間だった。
いやいやまさか…と現実を受け入れられず、とぼけてみる。
「今日、何曜日だっけ」
「月曜だよ!!」
「おぉ…紛れもなく総礼拝の日だな…」
これで二度目か。
アルは、ここまできて…というところでお預けを食らうのだった。
「はー…しんどい。したい。したい。しんどい…」
「…ご、ごめん…いや、今日は私のせいじゃない…」
「終わったら相手してくれよ」
「うーん…」
「そこ躊躇うとこなのか…お前に性欲はないのか」
不満そうに猫の耳を伏せて、ぶつぶつと文句を零すアルを連れて、総礼拝に参列する。
表には出さないものの、ユーベルは密かに、今日ほど総礼拝をサボってしまいたいと思ったことはなかった。
――――
それと、これはちょっとしたおまけなのだが、総礼拝の自分の定位置に立ったユーベルに、仲良し三人娘の視線が釘付けになった。
理由は、外されたまますっかり忘れられた襟元のホックにあった。
もちろん、アルの独占欲はきちんと秘められてはいたが。
「ヤバいあれヤバい見えてる? フラン」
「見えてるがっつり見えてる。ヤバい正直礼拝どころじゃない」
「やっぱりそうですよね、珍しいんですよねあれって。だって初めて見ましたもん」
「珍しいどころか、私達だって初めて見たわよ。いつもきっちりしてて、“神聖ですがなにか?”って感じだもん」
三人が小声で盛り上がっていると、教壇へ向かう神父がユーベルの前で立ち止まり、こそっと耳打ちをした。
それから、動揺を見せることもせず、淡々とした様子でユーベルが襟元を正す。
「うっそ新境地きた! まさかの神父様絡んできた」
「正直私の中では神父様は大いにアリだと思う。そうなると、やはり年から言って左が神父様か」
「神父様は見るからにお堅い方なので、誘い受けという手段もアリでは…?」
「「!!!」」
およそ礼拝に似つかわしくない煩悩にまみれた三人を交えて、総礼拝は執り行われた。
煩悩といえば、もう一人、悶々と時を過ごす猫も紛れ込んでいた。
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