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第10話 猫の迷い-後編-(20/20) ※R18

翌朝。 いつもより早く目覚めたユーベルが身支度を終えて紅茶を淹れていると、香りと物音に釣られたアルがのそのそと起き出した。 目を閉じたままソファーからふらふらと浴室へ向かって、またふらふらと戻ってくる。 「はよー」 「はい、おはよう」 殆ど目が開いていないのに、それなりに支度が整っているからすごい。 相変わらず、襟元は全開だが。 感心するユーベルが水場に立ったまま紅茶を傾けていると、アルが横からのしっと寄り掛かってきた。 「ちょ、お、重い」 「ねむい」 「もう少し寝たらいいのに。いつもより早いよ、今日」 「あー、どうりで」 言葉を交わしながら、腰にアルの腕が絡みつく。 やたら密着されると、昨夜のことがチラついてしょうがない。 鮮明に蘇るアルの吐息。 今までに感じたことのない強い快感と、つきまとう喪失感。 おまけに、みっともない姿を見せた羞恥心までつきまとう。 頭に頬を擦り寄せられるユーベルが気まずそうに避けようとすると、今度は唇が触れ合う寸前の距離まで顔を寄せられて、アルの動きが止まった。 「…あ、本物か」 「…は、はぁ?」 目が合ったと思った矢先に、アルがへらへらと笑い始める。 「寝ぼけてた」 「…どうりで」 滑稽ともいえるアルの行動に、じわじわとこみ上げるものを感じたユーベルが脱力して笑う。 「ふふ…飲む? それとも、目覚ましに珈琲いれようか」 「いや、これでいい。サンキュー」 飲みかけの紅茶をアルが口に運んでいる間に、ユーベルは腕をすり抜けて離れて行った。 すると、紅茶を置いたアルが後を追って、今度は後ろから抱きついた。 「えー…もう何、構ってほしいの?」 「時間あるだろ?」 「少しね…」 ユーベルの答えを勝手に合意と捉えたアルが首筋にキスを落とす。 さりげなく押し付けられた股間に存在感を感じとったユーベルが、はっとして反射的に振り返る。 「おおおいっ!? 朝から元気ですね!」 「…お前もな」 色気も何もない突っ込みの直後に、アルは呆れ顔で唇を重ねた。 遠慮なくこじ開ける舌からふわりと甘い香りがして、ユーベルの脳にぼんやりと霧が掛かる。 紅茶を乗せた舌に口内をまさぐられて、ぞくぞくと熱が燻っていく。 「ん…っ、ふ…」 ユーベルが零した吐息にアルの耳がピクピクと揺れる。 頭を押さえつけて、何度も噛み合わせを変えてしつこく味わっていると肩が叩かれた。 それでも無視を決め込んでキスを続けるアルの視界が、ちゅぱ、と口が離れる音の直後に、ぐんっと大きく傾いた。 咄嗟に反応できず、足を払われてどすんと尻餅をついたアルが、騒がしく文句を垂れる。 「おうっ!? 痛い酷い! 恋人なのに容赦ない!」 「はぁ…、長い! 今から人前に出る身にもなってよ!」 「なんだ興奮したのか、はっはっは」 「っ…」 笑うアルに図星を突かれて、いつもならさらりと躱すユーベルが口篭る。 「あれ……ご、ごめん?」 「……うるさい!」 なんとも幼稚な捨て台詞を残して、ユーベルは肩を怒らせて部屋を出て行った。 床に座り込んだままのアルが、腕を組んでしばらく考え込む。 「…まぁ昨日の今日だしな」 そういえば今日の朝食の席で、号令をかけるのはユーベルの役目だったことをアルは思い出した。 様子見と好奇心を兼ねて、少し早めに食堂へ向かうアルの尻尾は、前にも増して楽しそうに揺れていた。

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