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第11話 古傷(5/13)

クリスは全力で自分の部屋を目指していた。 そして、全力で引き篭もるつもりでいた。 後を追って来ていたユーベルはいつの間にか居なくなっていて、ほっとしたのも束の間、自室のドアが見える廊下に出たところで向かい側からユーベルが走ってきた。 より近い道を選んできたというわけだ。 「ちょっと待ってクリス! ストップ!」 「待ちませんどいてください!」 「ど、か、な、い!」 部屋のドアに同時に手が伸びて、争奪戦が始まる。 揉み合っている内にドアが開いて、二人いっぺんに雪崩込んだ。 仰向けで胸を上下させるクリスと、弾みでその上に四つん這いになったユーベルが肩を上下させる。 「き、きみ、足、早っ…」 「…言い訳しに、追って、来たんですか」 ユーベルの方は慌てていた分、息も絶え絶えだというのに、クリスは早々に呼吸を落ち着けて、足でドアを蹴った。 バタンと乱暴な音がして、密室に荒い呼吸が響く。 「ちょっと、待って、はぁ…」 ひとまず呼吸を整えないことには話も出来ない。 ユーベルが顔を伏せて息を整えると、クリスが天井を見上げたまま呟いた。 「…神父様と、仲がよろしいんですね?」 「はぁ? だから、勘違いだって。倉庫に居たら、神父様が入って来て…」 ここまで言って、ユーベルは神父との約束を思い出した。 内緒にすると言ったことを、すっかり忘れてしまっていたのだ。 「あっ…えぇと…と、とにかく、クリスが思うようなことは、何もないから」 「誤魔化してますね」 図星を指されたユーベルが口篭る。 笑ったクリスは、自分に覆い被さるユーベルの腰を抱き寄せた。 「こういうこと、してたんですか?」 他のことに気を取られていたにしても、無防備にも程がある。 薄ら笑いを貼り付けたクリスが見上げながら腰を撫でると、ユーベルは全力で首を横に振った。 走ってきたせいもあって、顔が火照っているのがまた、クリスの心を擽って妙な気分にさせる。 「ち、違う違う! どうしてその発想に行き着いた! いや待って、私じゃなくて女の人が一緒に入って来たんだよ! たぶん司祭の誰かだと思うけど誰かまでは見てないから、ていうか声だけだったし…そもそも私もどっちかっていうと被害者で」 神父との約束とクリスの納得を天秤に掛けた結果、誤解を解く方が圧勝だった。 ごめんなさい神父様、と心の中で謝ったユーベルが早口で事実を並べる。 並べ過ぎて逆に胡散臭くなっていく。 「ほぉ、被害者ですか」 「そうだよ。誰かは知らないけど神父様に色々と…」 「色々と?」 この時点で、クリスの誤解はもう解けていた。 そもそもユーベルが自分に嘘をついたことはないし、神父がストレートな人物だということも知っている。 ただこんな風に必死になっているユーベルは滅多に拝めないから、疑惑を抱いているフリを続けて混乱する様子を心に収めているのだ。 それに、彼の細腰を抱く背徳感はなかなか味わえるものじゃない。 「…い、色々は色々。ともかく、その直後に鉢合わせただけだから。」 「へぇ。そんな女性が本当に居れば、筋が通ってますね」 「居たんだってば! あぁもう、どうすれば信じてもらえるのかな…」 人の上に乗ったまま、ユーベルは本気で困り果てているようだった。 もっと困らせたらどんな反応が返ってくるのか興味が湧いて、少し意地悪を言ってみる。 「なら、その『色々』の部分を細かく言ってみてください」 「…は?」

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