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第11話 古傷(7/13)
わかりやすく青ざめた顔色に内心焦ったクリスが立ち上がると、重みから解放されたユーベルは背中で這うようにして壁に凭れた。
辛そうに俯く眉間がチクチクと胸を刺す。
流石に罰の悪さを覚えたクリスは、体調を案じてシンクのグラスを水で満たし、側に寄った。
「…お水、飲めますか?」
「あ、ありがとう…」
跪いたクリスが、用意したグラスをユーベルの口元に傾ける。
一回だけ喉が動いたあとで、ユーベルは気が抜けたように笑った。
「はは…自分で飲めるから」
「あまりにも真っ青だったので、つい…悪戯が過ぎました、ごめんなさい」
差し出された手にグラスを渡すと、ユーベルはそれを見つめながら、座って、と呟いた。
クリスが並んで腰を降ろすと、壁に頭を凭れた彼が見上げてくる。
「…少し寄り掛かってもいいかな?」
「…どうぞ」
ユーベルの頭がずりずりと壁を擦って、クリスの肩に凭れかかる。
こんなことは初めてで、上目遣いからの甘えるような行動に、クリスは内心、ドキドキしてしょうがなかった。
さっきのこともあるのだから、と邪な気持ちをぐっと堪えて、目を閉じる。
「ねぇ…大人になるって、どういうことだろうね」
ユーベルが凪いだ水面に石を投げるように問い掛けてくる。
「…僕に、聞きますか」
今まさに、子供と大人の間にいるクリスには、とても答えを出せる質問じゃなかった。
それでも真剣に、答えを探してみる。
「そうですね…己のことを、厳しく律することが出来るなら、ですかね」
「ふふ、それは難しいなぁ…」
生真面目すぎる答えにユーベルが苦笑する。
それが大人の条件だとしたら、世の中に大人はほんのひと握りくらいだろうか。
そんなことをぼんやり思うユーベルが続ける。
「子供になりたい、と思うようになったら、大人なのかな」
一理ある、とクリスは思った。
自分に照らし合わせても、まだ一度もそう思ったことはない。
ならば、ユーベルはどうなのだろうか?
歳でいえば三つしか違わないが、背負ってきたものが違いすぎる。
「…ユーベル様は、子供になりたいですか?」
クリスが聞くと、考えるような間が空いた。
少しの沈黙のあと、ゆっくりと答えが返ってきた。
「…たとえば。誰かと肌を重ねたら、大人になるんだとしたら。私は、子供に戻りたいな。…子供のままで、居たかった」
唐突な告白に、クリスの頭はついて行けなかった。
肌を…?
この人は今、なんて言ったんだろうか?
想像が及ばない状況から、目を背けそうになる。
ふと視線を落とすと、ユーベルの手の中でグラスの水が微かに震えていた。
脳が拒もうとする彼の現実から、目を、背けてはいけないと思った。
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