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第11話 古傷(8/13)
「あの…」
震える手に、自分の手を重ねてみる。
いつもと逆の立場に立ってみて、ユーベルが手に触れてくる気持ちが少しわかった。
心配で、力になりたいけど、どうしていいか分からない。
今のクリスはそんな気持ちだった。
「あ…ご、ごめん、変なこと言った。さっきのことがあったから、つい…」
取り繕われると、深く踏み込んで聞けなくなってしまう。
頷くだけ頷いて、黙って手に触れたままでいると、ユーベルがぎゅっと握り返してきた。
「はは…ずるいね、私。いつもこんなことしてたんだ。…これは、縋りたくなるね…」
溜息混じりにそう言って、手がにぎにぎと弄ばれる。
独りごちるユーベルを見ても、クリスには声の掛け方がわからなかった。
ただされるがままに手を遊ばせて、肩を貸して。
それだけしか出来ないのがもどかしい。
「…ここに来たばかりの頃、…」
「…はい」
ユーベルが独り言のように話し始めた。
少し間が空いたので、相槌を打ってみる。
「…少年趣味って言うのかな。そういう趣味の、シスターが居て」
止まらない震えを誤魔化すように、強く手が握られた。
それを優しく、そっと握り返す。
ユーベルはごくりとひとつ喉を鳴らして、緊張した面持ちで続けた。
「毎晩、乗っかって来るの。私が寝てると、ベッドに忍び寄ってきて、無理矢理。誰かに言うと、恥をかくのはお前と両親だって脅されて、毎晩毎晩…そんなことがあったから、どうしても…駄目で。男女の、その…、あぁ、何を聞かせてるんだろうね」
そこまで一気に喋って、はぁ、と息を吐いたあと、グラスの水をぐいっと傾けた。
八分目まで入っていたのに、返ってきたグラスは空になっていて、ユーベルが袖で口元を拭う。
「…はー、すっきりした。誰にも言えなかったから」
言葉と顔が伴っていない。
清々しそうな台詞なのに、その顔は陰鬱として辛そうなままだった。
とても見ていられなくて、クリスは口を開くことで気を逸らした。
「…そんなこと、知らなかったです。知らずに、甘えたんですね」
その当時はお互いに子供だったとはいえ、クリスは悔しくて仕方がなかった。
自分のことでいっぱいいっぱいで、ユーベルの苦しみになんて気付きもしなかった。
もしかしたらどこかで助けを求めていたかもしれないのに。
「…ごめん、ユーベル。いつも寄り掛かってばかりで…ずっと見てたのに、気付いてあげられなくて」
「…もう終わったことだから。気にしないで。それにあの頃のクリスは九つだよ? 一番知られたくなかったのは、君だったんだから」
さっきの清々しそうな台詞に、漸く心が伴ってきたようだ。
ユーベルの話し方がいつもの調子に戻ってきて、クリスの心もほっと安堵していく。
「何かしてほしいこと、ありますか?」
「…じゃあ、もう少しだけこのままで居たいな。…ごめんね。君の気持ち、知ってるのに」
ユーベルが言わんとすることはわかった。
でも今は、この肩が役に立つなら、自分の気持ちなんて置き去りに出来た。
しばらく無言でくっついて過ごしていると、やがて隣からすやすやと寝息が聞こえてきた。
こうやって、安心して眠ってくれるくらいには、信用されているんだろう。
そう思って見るユーベルのあどけない寝顔はまだ少年のようで、彼の意思を差し置いて何かをする気にはとてもなれなかった。
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