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第7話
「塁と雪希は普通に接してくれるけど、中性っていうのを良く思わない…差別する人達っているだろ?結斗の両親はそうだったんだ。父親は仕事でほとんど家にいなかったから母親かな。結斗に対して酷かったのは。」
塩崎が切なそうに眉をひそめる。
結斗は周りにカミングアウトしてるみたいだけど、中々簡単にできる事じゃない。
「結斗は邪魔者扱いされてた。バース検査の結果でΩって診断されてからそれはもっと悪化したんだけど。でもそれは、結斗にとって仕方ないと思えるような。まだ、マシな出来事だったんだよ。」
悲しそうな表情を浮かべた後、塩崎は何かを思い出したように目を閉じた。
「高緒 嶺 …って言うんだけど。俺と結斗のもう一人の幼なじみ。そいつに、去年。結斗……レイプされたんだ。」
「レイプって…」
「嶺はね、結斗を恋愛対象としてるって信じたくなくてその思いを消すようにレイプしたんだって。…でもそんなん結斗は知らないし。俺、連絡受けてそこに行って…。」
そこまで言うと塩崎はもう一度力強く目を閉じた。
その時のことを思い出してるのか…?
「結斗が泣きじゃくってて…。結斗はね、普段泣かないからどうにかしないとって思って。…俺、とっさに『忘れて!』って言ったんだ。そしたら本当に結斗、忘れてた。多分、防衛本能っていうのかな。そういうのが働いたんだろうな…。」
辛そうに、悲しそうに。
目を伏せる塩崎になんて声をかければいいかわからなかった。
しばらく間を開けてやっと出せた言葉は一言。
「…塩崎も辛いんだな。」
良くも悪くも平たい言葉。
そんな言葉しか出てこない俺を攻めたりせず、塩崎は微笑んだ。
「どうすればいいかわからないよ。…伝えるべきかどうか。結斗はどうして嶺がいないのかわからないからね。」
どうやら、結斗は嶺という幼なじみにレイプされてから嶺と会うことがないらしい。
不幸中の幸いだったのは、相手がβだったから『番』にされることはなかったということ。
αとΩの間にだけ成り立つ『番』
発情期の性行為中にαがΩの項を噛むことで成立する。
Ωは一人のαとしか番うことができないが、αは何人ものΩと番うことができる。
番のいるΩのフェロモンは番のα以外には発されない。
番のαに放置されたり、離れたりする時間が続くとΩはどんどん弱っていってしまう。
好きだとか、嫌いだとか関係なく、どんな相手だろうと番になると本能的に求め合い、番のいるΩは他のαと性行為をしたりしようとすると激しい頭痛などに襲われたり、倒れてしまうものもいる。
解除することはαからしかできず、解除にはΩに大きな負担がかかるため、番うのは慎重にしなくてはいけない。
同意のない番によって放置され続け、苦しみ命を絶つΩも少なくない。
もし、番にされていたら――
そう思うと怖くて仕方ない。
「…俺は、伝えられたくなかったよ。」
「え?」
思わず漏れた言葉に慌てて首を振る。
俺はちょっと結斗とは違うんだから。
「なんでもないよ。…聞いたからには俺も話さないとね。何があったか。」
話を逸らすように口を開く。
荒れまくってた生活。
「俺、親がいないんだ。父親は会ったことないし、母親は俺が中1のとき死んだ。……母親は俺が嫌いだった。」
静かに目を閉じて、過去を思い出す。
小さいながらに必死に母親に声をかけた自分。
突き放されていたこと。
幼稚園の運動会には誰も来なかった。
俺だけ、昼を一人で食ってた。
小学校に上がっても、母親が学校に来ることは一度もなかった。
小5になったときに先生に言われた衝撃的な一言を今でも覚えてる。
『長橋、言いにくいんだけどさ。給食費が振り込まれてない。他は振り込まれてるんだけどな…。』
家に帰って母親に聞いたら返ってきた言葉は一言。
『自分で払いなさいよ、それくらい。』
小学生を雇ってくれるとこなんてないし、小遣いもないから払えるわけないのに。
結局、俺だけ昼を食わなかった。
みんなあることないこと噂しまくってったっけ。
中学になる時の制服も自分で買うことになった。
特別に俺を雇ってくれるとこがあってなんとか買えたけど、寝不足で辛かったな。
どんどん、話さなくなって。
気づいたら、独りになってて――
「…き…雪希…雪希!!」
力強く塩崎に揺さぶられ、パッと顔をあげる。
不安そうに俺を見つめる塩崎の瞳にあの日と同じ自分がいる。
「ごめん。気にしないで。それで、俺。喧嘩を始めたんだよ。元々絡まれやすかったんだけど、それに仕返すようになったっていうか?…とにかく精神的に荒れまくってたんだよ。中学のときね。」
投げやりに言葉を繋ぐ。
もう今更どうだっていいんだ。
なのに…なのに今更辛くなるのはなんでなのか…。
「雪希……俺でよかったらいつでも話聞くからな。」
俺がすべては話してないのを何となく感じたのか、優しく、俺を包むように笑いかけてくれる。
塩崎は大人だ。俺と違って…。
本当はホクのことまで話すつもりだった。
だけど、やっぱり俺はまだ口にすることで認めたくない。
「ありがとう、塩崎。」
「やめろよ。名前でいいって。」
苦笑いしながら梳羅が立ち上がる。
梳羅と別れて結斗の寝ている自分の部屋に移動する。
今日はなかなか寝付けない気がする。
明日が休みでよかったよ。
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