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第35話

「せ…き、雪希、起きれるか?」 誰かが俺に声をかけてくる。 ゆさゆさと揺らされる。 誰? 俺のこと呼んでるの。 「コ…ウ……?」 そうだったら嬉しいなと思って名前を呼ぶ。 軽く、息を呑んだ音を聞きながらゆっくりと目を開ける。 うっすらと、ぼやけた視界の中に信頼している人を見つける。 「あ…波飛、さん。」 「雪希、大丈夫か?」 短い言葉の中に色々な意味が込められてるのを感じる。 初めての発情期で大丈夫なのか。 ホクのことで大丈夫なのか。 コウから離れていいのか。 「大丈夫、です。ただ、いつヒートになるかも、長さも全然わかんないし。」 「……なんで輝から離れた?」 波飛さんは聞きにくそうに、でも俺の目を見つめて聞く。 俺は気まずくなって目を背ける。 せっかく離れたのに、コウの話なんかしたくない。 辛い思いをしないために、離れたんだ。 「波飛さん、ちょっと一人にしてほしい。わがままだけど、発情期終わるまでは一人にして。波飛さんだってαでしょ?…首輪してないから、怖いよ。一番信頼してるけど。」 「……わかったよ。塁とかに連絡入れとく?」 諦めたように波飛さんは頷く。 塁に、連絡したほうがいいのかな。 でも、連絡入れるとしたら自分でちゃんとやりたい。 「いいにしとく。また自分でやっとくよ。」 「わかった。何かあったら呼んで。」 そう言い残し、波飛さんは部屋を出て行った。 何にもないと思うけどな。 俺は結構軽いみたいだし。 この調子ならあと3,4日で終わる気がする。 「コウの匂いなくなっちゃったな。」 波飛さんもαだから匂いがする。 波飛さんの匂いも嫌いじゃないけど、でもやっぱり違う。 俺にはどうしても、コウがいい。 だからこそ、いつか突き放されるのが怖い。 「愛ってこんなに怖いものだったんだな。」 初めて与えられた愛という感情。 もうわからないものだと思って諦めてたけど、コウがくれて。 知りたかったけど、知らなきゃよかった。 「あっつ…ヒート、か。」 少しずつ、体が火照ってきているのがわかる。 苦しくて、辛くて、涙が流れる。 火照って熱い体に冷たい一筋の涙。 「コ、ウ…くるし、こ…う、」 いないのに、譫言のようにコウを呼ぶ。 αだからとかじゃない。 コウがいい。 初めて、一緒にいたいと思った。 「コウっ…こう…‼あ”あ”あ”あ”あ”あ”っ…」 コウといた時とは比にならないくらいの発情期のヒートの辛さと、また一人になったことを実感して苦しさが増す。 他のαの匂いから離れたくて、少しでもコウの匂いを思い出したくてベッドから降りようとするが、まともに動けずに勢いよく落ちる。 落ちた振動と相まって、そのまま気を失った。

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