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第6話

「な……つ、め──?」 アラームの音で目が醒めると、色彩を得る代わりに何かが直之の頭の中から消えて行った。 夢を見ていた気がするが、もう一欠片も思い出せない。ただ、胸が温かい。 欠伸をして居間に出ると真人がトーストを齧っていた。 「おはよう」 「おはよ……」 声を掛けると歯切れが悪い。何か言いたそうに直之を見ている。 「なんだ」 「親父さあ……死んだ母さんに操立てるのも良いけど俺が結婚考える歳だよ。とっくに子育ては終わってんだから、いいかげん第二の人生考えたら。そのひん曲がって凝り固まった頭も、少しは柔らかくなるかもよ」 「なんだお前、不躾に」 「なんでもない、もう出るよ」 真人は言いたいだけ言うと居間を出ていってしまう。 昨日の一件のせいか。口調は憎々しげだが気遣いを感じた。直之も大人げのない物言いをしたと反省はしている。 割り切れなかった妻への想いも長年共に暮らせば愛情と呼べるものに変化していた。だが操を立てている訳ではない。裏切りだとしても心の底に沈んだ想い人は一人だけだった。 第二の人生?彼でなければ──誰でも同じことだ。 そして、そんな事は望むべくもない。 直之は苦々しい気持ちと共にコーヒーを胃に流し込んだ。

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