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第2話

 ビートルに連れられて見た今ではない何処か、その可能性世界のレインジによく似た男にルードと呼ばれた。  その日から自分の中で燻る何かの正体を掴めないまま、オレは飛空艇のある部屋に来ていた。  大きな姿見の鏡の置かれたその部屋は、どこに居ても必ず聞こえるエンジン音や振動すら感じられなくなる不思議な部屋だった。 「…ビートルのヤツ、ミスティって呼んでたよな。あのレインジみたいな奴を」  明かりもつけずに鏡へと近付くと薄ぼんやりと鏡面が光ってオレではない俺を映し出す。黄金色の鎧に見を包んだ灰色の髪の色をした、酷く不機嫌そうにオレとは違う紅い目を細めたオレが映った。  手を伸ばせば同じ様に動くのに、オレではない。だがオレだと強く認識する。 「変な飛空艇だな…ほんと」 「それについては同感だ」  鏡に額をつけて呟いた言葉に同意する言葉を突然耳元で囁かれて思わず変な声を出して飛び上がる、するとオレの反応に満足したのか小気味よい笑い声がした。  耳を抑えながら抗議の視線を向けた先に立っているのはバラカだ。  国での揉め事が一段落したとかで最近この飛空艇によく出入りしている。 「テメェ!いきなり何するんだよ!」 「なに、らしくない事をしていたからからかってやっただけだ」 「お前のそう言うとこ!嫌いだ」 「俺はお前のそう言う反応が好きだが?」  クスクスと笑いながら腰に絡みつく腕を払いのけられないのは、そう言う関係になったからだ。  オレはバラカに気に入られたらしい。そしてオレもこの腕に抱かれるのを心地よく思って許してしまっている。  だが、抱き寄せられていつものキスをするのだろうと思っていた唇にその感触は無い。 「…ゼオン、これは何だ?」  少し驚きを含んだ問いかけをしてくるバラカの視線の先にあるのは、あの姿見の鏡でありそこに映るバラカもまた目の前のバラカとは違う姿をしていた。  黄金色の鎧に同じ金糸の髪を後ろに撫でつけたように上げている。空を写したかのようなスカイブルーの瞳と色は違っても優しげな目元はオレの知るバラカそのものだ。 「そうか、見るのは初めてだよな。これがフェイトコアってヤツだよ。パラレルワールドのオレ達の姿とかって話てたな」  鏡の中で優しげな微笑みを浮かべるバラカに見つめられると、何故か心が浮ついて居心地の悪さを感じる。薄い唇が動いてオレを呼んでいる気がする、ルードと。  自分ではない自分の名前を呼ばれている錯覚がますます居心地を悪くしていて顔を背けると、今度は隣に立つバラカと目があった。 「ゼオン」  いつになく柔らかな声音で名前を呼ばれて、両手で包み込むように頬に触れてくる。それだけなのにオレの心臓は妙に高鳴り、それまでの不安にも似たもやもやとした気持ちが薄らぐのを感じた。 「ゼオン、鏡の中の俺がお前をルードルードと欲しがるのが腹立たしいからな、見せつけてやる事にした」 「は?」  言っている意味を理解する前に重ねられた唇に思考を奪われる、バラカの舌に促されるように薄く口を開けばそこから侵入する熱と唾液に翻弄された。  鼻から漏れる声はまるで甘える猫のようだ。 「んんっ…は、ぁ……ばら、か…」  何度も角度を変えながら交わされる口付けに舌が絡み合い、熱のこもった息がお互いの頬をくすぐる。 「…キスだけでそんな可愛い顔をして…」  エメラルドの瞳がこちらをじっと見つめている。  その瞳の奥で揺らめくように情欲が燃えているのを見た気がする、他人をからかうような視線で見る男の目に映るオレはそんなにも煽る存在なんだろうか。  頬を包む手に掴まるように手を重ねると、バラカの唇がついばむように瞼や額に降ってくる。そのまま上を向かされて首を晒す様な格好にさせられるとバラカの舌が喉仏の形を確かめるように滑った。 「ふぁ…ッ…や、やめっ…!」  時折吸い付きながら首筋を滑っていく感触にふるりと震え、わざと痣を付けようとするバラカを静止する。 「相変わらず、見える場所は嫌か」 「当たり前っ…だ!他人に見られて、何て言うつもりだよ」 「いいじゃないか、俺は知られた所で構わない。なんならお前が俺につけるか?」  ニヤリと口角を上げてジャケットをはだけると、オレの後頭部を掴んで首筋に顔を寄せる。  王位継承権は捨てたと言っていたが、やはり生まれがオレとは違うんだと自覚させられる。香水でもつけているのか華やかな香りが鼻腔をかすめた。  ちらりと視線を上に向けると、微笑むバラカと目があった。  征服の証だとか言いながらいつも付けられるキスマークを、戸惑いながらオレはバラカの首筋に吸い付いて小さく残す。 褐色の肌の上にポツリと出来る赤い痣、この見目麗しい男がオレのモノだと言う印。  変な緊張と嬉しさが沸き起こる心中は顔が赤くなる事で表に出て、小さく零れたバラカの艶を帯びた吐息に酷く興奮した。  下半身に血が集まるようなザワザワとした感覚がある。  これはどうなるのか知っているからこその期待だ。 「バラカ…」  吐息に乗せて名前を呼べば少しだけ困ったような顔をするバラカが見えた。 「なんだよ…」 「いや、体の方は慣れている癖にこう言う部分は純情なのだと思っただけだ。俺の背中はお前の爪痕だらけだと言うのに」  まるで見せつけるようにジャケットを脱いだバラカの肩には歯型が、くっきりと残っている。  フェイトコアを映すことなくただの鏡に戻ったそこに映る背中には、いく筋もの爪痕がつけられていた。  その全てが自分のつけたモノだと信じ難く、戸惑うとバラカの指が唇から顎のラインを爪でなぞった。  そのまま服の隙間に滑り込んできたバラカの指が胸をまさぐった。 「あっ……ん、ぅ……ッ…!」  胸の突起を見つけた指が引っ掻くように弾き、押しつぶしてこね回す。ジンジンとそこを中心にして広がる快楽、オレの体はいとも容易く翻弄された。  オレを見下ろしていたはずの頭が気付けば胸に移動し、インナーシャツごと服を脱がされて肘の下辺りで絡まった。  妙に不自由な格好にされ、上半身をバラカに突き出すようなポーズでオレは心拍数と共に早くなる呼吸を聞いた。 「今日は煩い外野も居ることだ、趣向を凝らして外野もお前の体にも誰のモノかしっかりと教え込んでやろう」  弧月を描いて歪むバラカの口元に意地の悪さを感じながらも、指で弄られていたのとは反対側の突起を吸われてオレは情けない声を上げるしか出来なくなる。  吸ったり噛まれたり、犬歯の先が乳首の先端に引っ掛かり腰が跳ねた。 「だめ、バラカッ!…それ、だ、めっ…」 「気持ちいい、の駄目か?」  優しく問いかけられて頷くしかできない、強めの力でつままれて転がされるのが痛い筈なのにそれすら気持ちよくて首を振る。  繰り返し弄り回される乳首への執着に、どうしてと疑問が浮かび上がる。  いつもならもっと性急に股間への刺激を与えてくれる筈の手が、未だに胸を愛撫し下へと向かう様子はない。  もっと強い刺激が欲しくて思わず腰をバラカに押し付けるように動かし懇願の目を向ける。 「バラ、カ…こっ、ち…も…」  素直に言えば応えてくれるのではないかと言う淡い期待が、声音に現れたのか自分でも驚くほど甘えた声が無意識に出てしまった。  恥ずかしさよりも物欲しさが勝って、ズボンの下で起立したそれを押し当てる。僅かに当たる感触にすら吐息が漏れそうなほど、強い快楽を求めてる。 「素直な体だ…欲しいなら、まずお前から奉仕してもいいんじゃないか?」  言いながらバラカは立ち上がって自身をさらけ出して、俺の目の前に突きつける。  まだ柔らかそうなそれは手で支えなければすぐに下を向いてしまいそうで、服が邪魔して上手く腕を上げられないオレは戸惑った。  それを察したのか、バラカは片手で自身を持ちながらもう片手でオレの後頭部を掴んだ。 「さあ、ちゃんと勃起たせられるな?」  口の中を海綿体の柔らかな感触が占拠すると、自分の意思とは関係なく頭を押し付けられて口の中いっぱいに雄の匂いが立ち込めた。  オレを欲しがってる時の匂いがする。  陰茎の形に沿わせるように舌を這わせて、少しずつ頭を動かしてバラカの逸物を刺激する。偉そうに勃起させろなんて命令しながら、オレが口に咥えるだけで少し大きくなっているのがわかった。  唾液をよく馴染ませるようにして息を吸いながら顔を引いて、口の中から空気を減らして密着するほどにバラカが大きくなっていくのがわかった。  時折、我慢しきれない声が上から降ってくる。 「っ!…ゼオン、いい子だ…くっ…」  長く美しい形をした指がオレを撫でて、目をすがめる表情に余裕は少ない。じゅる、と枯れることなく口の中で溜まる唾液に混じって特有の青臭さを感じる液体に気付いた。 「はっ…う、ぁ…そろそろ」  そう言うとバラカがオレの後頭部を掴んで自ら腰を振り始めた。  急にペースを崩され好き勝手に出入りすると、時折喉の奥まで侵されてえづいてしまう。  オレが気持ち良くさせていると言うちょっとした優越感は霧散し、まるで自分の口がそう言う器官になってしまったのではないかと錯覚してしまう。  粘着質な水音が頭の中で響き渡って上顎に何度も亀頭が押し付けられて擦っていく。繰り返し突き上げられるのが心地良く、酸欠と快楽に視界がくらんだ。  瞬間、咽頭まで男根が押し込まれて吐き気で現実に戻されたかと思うと喉に直接熱い本流がなだれ込んできた。 「んんーっ!う、が…ッ!」  男根が跳ね上がるように上を向いて吐き出す熱の量に翻弄されながら、何とか飲み込もうとするものの粘度の高さに苦戦して飲み込みきれなかったモノが隙間から溢れ出していった。  ばたばたと情けなくこぼれ落ちていく精液の熱さに恍惚としながら、きちんと飲めた事を褒めて欲しくてバラカの顔を見上げた。 「…ゼオン、そう言う顔で誘うのは…俺だけにしろよ?」  甘えるなって怒らないバラカは優しい、俺にだけかも知れないけど。でもちゃんと頭を撫でてキスをしてくれて、褒めてくれるから美味しくはないけど精液を飲むぐらいどうってことは無いんだ。  男に可愛いなんて褒め言葉じゃないと思ってたけど、バラカが言うのならオレは可愛いままでいい。オレの態度に興奮したままのバラカが指で菊座を解すように指を入れる。  何度も使ったおかげでそんなに慣らす必要はないのに、いつでもオレのことを考えてくれる。  そう言う気遣いが堪らない。 「あっ…バラ、カ…すき…っ!!」 「ん?ここがイイのか?」  オレの言葉を勘違いしたバラカの指で前立腺を強めに押されて、腰が跳ねる。脳天まで痺れる様な快楽の電流が走って、自力では立つことすら困難だ。  身体を支えられながらゆっくりと崩れ落ちていく。膝を折り邪魔なジャケットの袖が何とか抜けないものかと試してみるが、どうしても手甲が邪魔をして抜けそうにない。  今すぐバラカに抱きついて甘えたい。  柔らかな髪の毛の匂いを胸いっぱいに吸い込みながら揺さぶられて、余計なことは何も考えずに気持ちよくなりたかった。 「ふく、脱がせて…」 「無理だ、お前の手甲は外しにくい。俺はそんなに待てない」  欲に濡れた蒼い目がオレを見てる。  その視線に射抜かれたが故に息を呑んで頷くしかない。言われるまま足を開いて腰を少し持ち上げると、待ち望んでいた杭で穿たれた。  やや乱暴に肉を押しのけ進んでくるそれと共に背筋を這い上がる快楽の波、熱病にうなされる様に途切れ途切れの声をあげた。  自分に声を我慢させる為の理性も指も今日は無い。 「ゼオン…お前の可愛い声を、もっと聞かせてくれ」  何よりバラカが望むから何も我慢しなくていい。五月蝿いと殴りつけてくる奴も黙らせる為に押し込まれる汚い男根も無い。オレが気持ち良くなればバラカも嬉しそうにオレを見る。  性急に求めるくせにちゃんとオレが悦がる場所を知ってて攻め立ててくるんだ。  あんなに嫌いで憎かったセックスがこんなに気持ちよくなるなんて、こんなにも目の前の男に対する想いが膨らむものだったなんて知らなかった。  全部バラカに上書きされていく。  好きも気持ちいいも、欲しいももっと触っても。今この瞬間にも何もかもバラカが一番上にきて過去を忘れさせてくれた。  だから声に出してしまう。 「ひゃ、う…んっ!…アァっ……バ、ラ…カ…すき、すきっ!」  きっと今のオレは情けなくて酷い顔をしてる。幼稚な言葉を繰り返して抱き付けないもどかしさをやり過ごす様に身体を起こして鼻を擦り寄せキスをねだる。  汗で張り付く自分の髪の毛が邪魔してバラカの顔がよく見えない、そう思った瞬間に熱の籠もった吐息とともに指がオレの頬に触れて視界が開ける。  視線が合えば微笑みが返ってきて、そのまま何度も口付けた。  ちゅ、と舌を吸われながら抉るような突き上げを食らって目の前はクラクラと揺れる。一気に上り詰めたような浮遊感があったあとは、ただ堕ちていくだけだ。  キスをしているせいで声がうまくだせないまま、オレの肉棒からは白濁の液体が飛び散っていて腹の上に広がる。  痙攣でもしてるみたいに太ももが震えて、バラカのモノをキツく締め付けた。 「ッ…ぅ……あ、く…!!」  その締め付けに耐えきれなかったのか今度はバラカの奔流が俺の中に放たれた。  じんわりと拡がる熱と全身にわだかまる快楽の残滓。肩で息をしながらオレは自分を支えきれずに後ろに倒れた。  床に頭を打ち付ける前にバラカが助けてくれたものの、助け起こしてくれる手の動きですら心地よくて力が入らなかった。 「大丈夫か、ゼオン」 「だ、ダメだわ…お前が触る場所全部…っ…気持ちいい…」  全身を預けながら嗅ぎ慣れた男の匂いに包まれて至福を感じる、規則正しいながらも早鐘を打つ心臓の音は自分のものと重なって酷く安心した。 「オレ、こんなんじゃお前から離れられなくなりそー」  冗談めかして呟いた言葉に自分でも乾いた笑いを出しそうになりながら、目を閉じて柔らかな包容に身を任せる。 「本当かい?ルード…」 「ん?…ルード…?」  違う名前で呼ばれた違和感に開いた瞼の先に拡がる純白に黄金の輝き、頬に触れるのは布の感触というよりも硬質な爬虫類の肌のような質感。  明らかに異質であると解るそれから何とか身体を離そうともがいても、優しくも力強い抱擁を今のオレでは振り払えなかった。 「ルード、逃げないで…ようやく掴まえたのに」  同じ声音でも言葉遣いの違いでこんなにも別人の様に聞こえるものなのだろうかと震える。  肩越しに見える鏡に映ったバラカの姿、俺の目の前にいるこの金色の髪をした柔らかく微笑む男が本人である事を如実に示していた。 「オレはルードじゃない…何で、コアが勝手に…」  現状を理解しようと頭を回転させようとするも、そもそもの原理すら解らないのだから何がどうしてこうなっているのかなんて判断できるはずが無かった。  それでもオレをルードと呼ぶこの男から逃れる術を探したくて視線を逸した。 「ルード、何故俺を見てくれない…?」  気落ちしたかの様な寂し気な声音はバラカそのもので、胸の奥が握りつぶされる様な気がする。 「…っ…どう、して…同じ顔で同じ声なのに…」  顔にかかる金糸の緩やかなウェーブを描く髪の毛の間から、サファイアブルーの瞳がオレを悲しげに見ている。バラカにそんな顔を見せられて平気でなんていられなかった。 「くそ…解ったよ…服、脱ぐの手伝って。このままじゃお前を抱きしめてやれない」  オレの言葉に反応したのか手早く手甲を外しにかかるバラカはどこか嬉しそうに頬や額に口付けてくる。中身に対する違和感はあってもこの唇もオレの服を脱がす指は紛れもなくバラカのモノだ。  嗅ぎ慣れた匂いといつもの口付ける順番、バラカだなと感じて身動ぐと不意に思い出した。 「…抜いてない…」  下腹部に違和感を覚えて視線を落として、そうだったと納得する。純白の服のせいであまり顕にはなってないがコイツの逸物はまだオレの中だ。 「抜いてほしい?」  捨て犬みたいな顔で見てたと思ったのに、今は蠱惑的な笑みを浮かべて主導権を握ろうとしている。突然現れたパニックで忘れてたのが悪いんだけど、いつもより王子様って感じの容姿で上目遣いをしてオレを見るのは反則だろう。 「言っておくけど、オレはバラカだから許すんだからな!」  自分でも酷い言い訳だと思う。  でも言っておかなきゃダメだって感じた。  言わなきゃ多分後でバラカが拗ねて面倒な予感がした。  アイツ以外と嫉妬深いし独占欲も強い、ついさっき分かったことだけど。 「解っているよ、ルード…キミはオレの知ってるルードじゃない。それでも、今だけは…夢を見させて」 「…今だけ、だからな…」  金色の柔らかな髪を引き寄せて唇を重ねるとどちらともなく舌を絡ませ、傾きを変えながら深く吸い付く。何度も繰り返し口付けたはずの形はいつもと少し違う気がして、不思議な浮遊感を生み出す。  酸欠のぐらぐらするあの感じ、夢中になるほど何かが足りない気がしてねだるように貪った。  暫くそうしてお互いの唇や唾液を楽しむようにしていたキスを終わらせ、解けるように服を脱ぎながらバラカが微笑む。  純白の服の下から現れる琥珀色のほどよく鍛えられた肉体は、暗殺を得意とするだけあって細くしなやかだ。 初めて見たときからオレはこの肉体を美しいと羨望してる。  同じように鍛えて筋肉なら自分の体にもしっかりと付いているが、バラカの体は違う。男の体になんて微塵も興味がなかったと思ったのに。  コイツだけは特別なんだと気付いた時には改めて押し倒されていたと解る。 「ゆっくり動くよ…辛くなったら教えて」  口調は違うのに言ってることは変わらない、コイツも見た目が違うだけで根本的にはバラカなんだなと解ったら愛しさが胸の奥の深い場所に広がった。  既に二度の射精であまり勢いよく勃起たないのか、バラカの動きは本当にのんびりとしたものでまるでゆりかごだ。  中に吐き出されたまま出口のない精液がタプタプと揺れている気がする。  それでも揺さぶられているうちに少しずつ硬くなり始めているのか時折、クリクリと亀頭に前立腺を押されている感触があった。 「ん…たってきた…?」 「あぁ…お前のココも」  言われて何がと聞き返す待てもなくバラカの顔がオレの胸に寄っていた。  ただでさえ一度そこを弄られていたのだから、ちゅと吸われるだけでオレの体は跳ね上がる。ジクジクとした何かが掠めては腹の底に溜まるような、それでいて太陽に焼かれているみたいにひりついて焦れた。  何で今日はそんなに乳首ばかり攻められるのか、奇妙な執着を感じた。 「や、やめ…またそこばっかり…んんっい、けないから!まだ、乳首じや…あっ…無理っ」  ムズムズとした快楽が股間に波風を立てて押し寄せる。それでも乳首への刺激だけでは自身が立ち上がりきる予感は無い。 「でも反応してる…ルードの可愛らしい乳首…もっと可愛がれば気持ち良くなるんじゃないか?」 「はっ…何言って…っ!」  馬鹿なのかと言おうとした瞬間、強めに噛まれて思わず身体が仰け反った。  痛みのはずなのに電流が走ったかの様な感覚は乳首から胸全体へとじんわり広がっていく。舐めたりこねたり、時折噛んだりとたっぷり舐られるうちに声が我慢できなくなって腰も揺れる。  既に入っているのに動かない逸物に焦れていると言うよりも、乳首への刺激だけでは足りなくてもっと強いモノを望んでいるんだ。 「やっ…足りないからっ!そこ、だけじゃ…あっ…たりな、ぁ、い…んっ!」  乳首をつまみ上げていた爪がピンと先端を弾いた瞬間だった、目の前がスパークするようにチカチカと点滅した。 「ああぁっ!!」  急激に全身を駆け巡る快楽に感情の制御が出来なくなった。  自分でもわけがわからない。  ただ、解るのは乳首への刺激が気持ちいいのに物足りないと言うことだけ。体をくねらせ何とか前を扱きたい、でもそれはバラカの体が邪魔で上手く出来ない。  ならば入ったままのモノを使って上手く足りない分の快楽を補えないものかと腰を動かしてみた。 「バラカ、うご…いてっ…ひゃあっい、きたいっ…ちくび、だけだめえっ」  もどかしさを伝えたくてバラカの肩に爪を立てて、訴えてみるもののバラカが腰を動かす気配はない。ジンジンと飽和する乳首からの刺激だけでは足りなすぎて、もっと強くて激しいのが欲しい膝を立てた。  バラカの腰に足を絡めて、ただオレは懇願するしかない。生理的な涙が滲んできて、下腹部が擦られてもいないのに熱くなった。  今日は散々乳首ばかり弄られて、イクのを我慢させられているような気がする。前のように直接握りこまれて塞き止められているのとは違う、手酷い責め苦に喘いで助けを求めているのに目の前の男は笑っているばかりで辛くなってきた。 「っあ…はっ…も、やだぁ…バラ、カ…やめろ、きらいっやだ!」  こんなときに限って幼稚な言葉でしか否定できない自分に悔しくてますます涙が溢れ出す。鼻の奥がつんと痛くて視界も歪んでる。  バラカはオレに優しくて、いつも俺が気持ちよくなる事を優先してくれるのに。コイツはオレを苛めるばかりじゃないか。 そう考えると過去の亡霊がオレを罵倒する。  団長に見つかったらどうするつもりだ、黙れガキが。女みたいにはしたなく喘ぎやがって、馬鹿になったかと。  子供だったオレをなじって、虐げて、逆らわないように仕込む複数の男の影が襲ってくる。  あの時のようにオレは弄ばれてるのか? 「ルード…!すまない、あまりにもお前の仕草が可愛らしくて…苛めすぎてしまった」  気付けばオレはバラカにキツく抱きしめられている。  謝る言葉に上手く反応できないまま、ただ金糸の髪を掴んで引き寄せるとそのまま頭を掻き抱いた。 「…バラカ、二度と…しないでくれ…」  震えるように歯の根が合わないで口にする言葉の心もとなさ、本当に今の声は言葉として届いたのかすら今のオレには判断できなかった。  ただ、オレの背中に回されたバラカの手がオレを落ち着かせようとするかの様に優しく撫で、抱きしめた頭から聞こえてきた謝罪に嘘はないと思える。それでも収まらないオレの震えは過去の反芻と幻聴の揺り返しに過ぎない。  大丈夫だ、目の間にいるのは見た目が違ってもバラカだ、そう言い聞かせてぎゅっとまぶたを閉じて大きく深呼吸をする。  鼻腔をくすぐる匂いはいつものバラカの匂いで、何度嗅いでも不思議と心が落ち着く匂いがした。 「…ゼオン…もう、大丈夫か?」  呼び方が変わった事に気付いて目を開けばそこにはいつものバラカが映る。日に焼けた黒い髪と琥珀色の肌、それにエメラルドのような透き通った虹彩の瞳。形の良い唇がもう一度オレの名前をゼオンと呼んだ。 「バラカ…良かった、戻ったんだな」 「ああ、油断していた…まさか意識ごと乗っ取られるものとはな」  猫が飼い主を見てそうするように頬を擦り寄せてぺろりと唇をなめてくる、意識は違っても身体は同じだと言っていたのに嫉妬でもしたんだろうか。 「バラカ…?何、何だよ」 「俺の身体でお前を好きにされたのが気に食わない…その上お前のトラウマを抉るような真似までして」  明らかに込められた怒気に同じ身体で何を言ってるのかと少し面白くなってしまった。  ちゃんと何が駄目だったのか理解してオレを大切に思っている現れだとは思うが、同じ声で同じ顔でこんなにも違うものかと笑ってしまった。 「良かった…オレが好きなのがアンタで」 「どうした、急に」 「だって…オレの嫌がることはしないだろ?」  上手く笑えていない気がするけどオレは精一杯の不敵な笑みを浮かべる気持ちでバラカを見る。すると少しだけ意表を突かれたような顔をしてから、バラカがオレの括っていた髪の毛の束を手に取り口づけながら当然だと微笑みを浮かべた。  いちいち行動が王子様っぽいのが少し腹立たしいが、そんな嫌味を言ったところでバラカは正真正銘の王子だ。通じる訳もない。  丁度いいタイミングで軍勢を連れて現れたり、冷たいように見えてちゃんと他人を心配していると伝えたり。キザな所もあるけどバラカは優しくていい奴だ。  あの金色の髪をしたバラカも優しかったけど、言葉の優しさとは裏腹に余裕は無さそうだった。  思い返せばルードに対しての感情が何処かタガが外れているような、冷たさを覚える。オレをルードと呼びながら、まるで妥協してるかのようなモノを感じさせた。 「…すっかり萎えたな、お互いに」  言われてそう言えば、達することなくフラッシュバックでそれどころじゃなくなっていたのを思い出す。バラカが俺の中から居なくなるのを感じながら少し寂しさが残った。 「…あの、さ…どうせ今日は近くの都市で休むんだし。一緒の部屋にしよ?」 「珍しくお前から誘ってくれるとは…喜んで共に行こう」  助け起こすように差し出された手を取れば手の甲にバラカが軽く唇を押し当てる。  王族で騎士ってこう言う事を平然とやるから嫌いなんだ。 「格好いい真似すんなよ、惚れ直すだろ」 「俺はお前が可愛さを振りまくから困っているぞ?」 「オレを可愛いなんて言うの、バラカだけだよ」  ムッと唇を尖らせば人差し指で戻そうと押さえつけられる。  くだらない言い合いにお互いの顔が緩むのが分かると、どちらともなく笑いだしてしまった。  ゴメンな、鏡の向こうの金色の髪をしたバラカ。オレはルードにはなれないしオレは目の前にいるバラカじゃなきゃ駄目なんだ。

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