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第3話

 いつの頃からか特定の竜族は体液に万能薬や不死の力を宿しており、その者の心臓を喰らえば死者さえも蘇ると言う噂が都にはまことしやかに流れていた。  バイカル帝国でも最も偉大なる皇帝アコールは寵愛を注いでいた皇后の死から立ち直れずにいる。  そんな折に彼の耳にもこの噂が忍び寄ってきたのだった。  その噂を聞いてからというのもの、アコールによる竜族への密やかな虐殺が始まった。  他種族が暮らすバイカル帝国でも長命かつ並外れた魔力や腕力を持つが故に個体数の少ない竜族が、謂れの無い罪を着せられ投獄されるのを不気味がっていた。  長らく平和な世界を保っていたバイカル帝国は今、まさに暗黒の時代を迎えようとしていたのである。  竜帝の騎士団と呼ばれる皇帝直属の騎士団に所属し、最強と謳われるルードは謁見の間に向かう廊下で一人の男に足を止めていた。 「愛している…ルード」  その言葉は酷く空虚で相手の胸には何も響いていないと言った本人が一番よく分かっている。  純白に金の装飾をふんだんにあしらったコートを翻して目の前を通り過ぎる相手を見つめる。その視線に込められた懇願にも似た感情を相手はあえて見ないふりをして素通りしていく。  手を伸ばしても振払われ、紅い眼がキツく睨みつけている。  何度となく繰り返したやり取りに今もまだ意味があると彼は信じてサファイアの瞳を向けて、睨みつける紅い瞳を受け容れるように微笑む。 「…寄るな、ブラック」  必要以上の接近を許さないルードの言葉に一歩引いて膝をつくと彼は傅いてみせた。  その態度に舌打ちするとルードは彼から顔を背けて王宮の奥へと歩いて行った。  暫くして聞こえてくるくぐもった声と何かを叩きつける激しい音、そして何かを諌める言葉と年老いた男の怒号が飛ぶ。彼は何が起きているのか全て知りながら止めるすべを持たぬ己に歯痒さを感じて唇を噛んだ。 「ブラックムーン、またなの?」  噛み切った唇の手当をするイグニットは聖女のような微笑みを消して、眉を寄せて問いかけている。 「また…?いや、怪我をするような事は何も」 「違うわよ、またルードの事なのかって聞いてるの」  イグニットの隣りに立っていたマリンホークが、呆れ声で身を乗り出してくるのを彼はいつもの笑顔でやり過ごす。 「あなたのそう言う態度、本当に良くないわ。そんな風だからルードに嫌われるのよ」 「ルードには嫌われてなど無いよ、ただ…板挟みの現状に苛立ってるだけさ」 「そんな事を言って、一体何年求愛して受け入れてもらえてないの?」  彼にとって一番痛い所をついてくるマリンホークの言葉に、優しげな微笑みは苦虫を噛み潰したものに擦り変わりイグニットは両手で口元を抑えてハッとしていた。 「ブラックムーン、あなたもなの?」 「俺以外にルードに求愛するヤツがいるのかい?」 「求愛は…してないと思うけど…ミスティも」  言われてふと彼も思い出す。  いつも穏やかに愛猫を撫でるもう一人の騎士団の男を。 「どうりで、いつも物欲しそうな顔でルードを見ている訳だ」 「本人に聞いたわけじゃないのよ、だから本当かどうか…」 「大丈夫よイグニット、気付いてないのあなた達二人だけだから」  マリンホークの無慈悲な言葉に彼らは顔を見合わせて首を傾げる。 「そもそもブラックムーンはルード以外に興味無さすぎなのよ。あと何年一人で押し問答し続けるの?」 「決まっている、ルードが俺を受け入れてくれるまで」  皮肉を言ったつもりだというのに彼はしれっと、さも当然かのように言い切る。マリンホークが知る限り彼は出会った頃からルードだけを追い求め、ルードにのみ傅く男だ。  性別の枠に囚われず番になりたいと人目も憚らず宣言できる所だけは、マリンホークも見習いたいとは考える。  彼に問題があるとするのならばその、人目を憚らない性格だろう。  ルードは豪胆な性格と騎士団長という責任感の強さとはうらはらに色恋に関しては奥手で、自ら何かを宣言するようなタイプではないとマリンホークは見立てていた。 「さて、そろそろ俺は行くよ。手当をありがとうイグニット」 「行くってどこへ?」 「もちろんルードの所だよ。そろそろあの部屋から出てくるだろうからね…手当をしてあげなくては」  俺以外では嫌がるからと付け加える彼の後ろ姿を見つめながらマリンホークは、そこまで許されてるくせにどうしてその先が駄目なのかと不思議に思って見送るのだった。  他人に気安く触れられる事すら嫌う男が怪我の手当は許す。それは贔屓目に見ても彼だけに与えられた特権ではないのかと、ルードの心が読めずに眉をひそめた。 「マリン…どうしたの?」 「いいえ、何でもないわイグニット…私達ではどうしようもないのよね…」  マリンホークの心配を他所に彼はルードを見送った部屋から続く廊下を颯爽と歩く。あまり足音がしないのは彼が騎士でありながら暗殺者という特異な存在だからだろう。  風切り羽のようなコートが揺れて、琥珀のような褐色の肌の上で頬を撫でる風に靡く金色の髪の美しさに近衛兵は溜息を漏らす。  その漏れ落ちた声を聞いて彼は近衛兵に向かい柔らかく微笑んで見せる。磨きあげられた宝石のようなサファイアの瞳で見つめられた近衛兵は最敬礼のポーズをとったまま固まってしまった。 「また、お前は兵をたらしこんでるのか」  やや高圧的な声がした、と彼が振り返った先に居たのは同じ騎士団のロズブロークだ。  まるで絹のような美しい金色の長い髪と竪琴のような杖を持ったロズブロークは肩をすくめて溜息を吐き出す。 「別にたらしこんでなどない、俺はルード以外興味ないからな」 「ああ、それでここに…所で、お前はいつまでルードを好きにさせておくつもりなんだ?」 「何が言いたい?」 「いくら竜族を殺そうと、人間たちを追い立てようと不死の心臓を持つ竜族など出てこないとルードから皇帝に進言すべきではないのかと聞いている」  ロズブロークの棘のある言い方に眉をひそめて彼は口を閉じる。 「ブラックムーン、お前はルードを死なせたいのか?」 「馬鹿な…俺もルードも何度も進言している!」  ロズブロークは彼がルードの事になると感情を顕に返答すると知っていてその名を口にしている、のせられている事を解っていても彼もまたルードの事になると制御できない感情が表面に出てしまった。 「そうか……ブラックムーン、ルードの説得は任せた」  やや暫く二人の間を支配した沈黙はロズブロークの静かな言葉で消え去り、どうしたらいいのかと困惑していた近衛兵は少しだけ肩の力を抜いてロズブロークが歩き去るのを見つめていた。 「ブラック!」  ロズブロークが見えなくなったかと思うと今度は奥の部屋から彼を呼び出す声がした。  第七騎士団には様々な騎士が存在しているとは言えども、彼を愛称で呼ぶのは一人しか居ない。身の丈ほどあろうかと言う巨大な剣で体を支える様にして歩いてきたルードだ。 「ルード!掴まって、自分でまだ歩けるか?」  その姿を目にした瞬間には彼が側に駆け寄り肩を貸して身体を支えてやっている。他言無用とキツく釘を刺されているとは言えども近衛兵も、いよいよ何かが可笑しいとルードを訝しんで見ていた。 「離れろ、兵に見られてる…無用な詮索はされたくない」  明らかに鎧の下に着ていたインナーコートが赤く染まっていると言うのに強がるルードの言葉に、彼は静かに頷いた。  次の瞬間、近衛兵は自分の首元にチクリとした痛みを感じる。何かが刺したのかと手を当てようとしたのだが体が動いた気配はない。  どうして、と考える間もなく彼の視界は暗く意識もまた閉じていくのであった。 「ブラック!殺せとは…」 「残念だよ、ルード。彼は聞いてはならない会話を聞いてしまった」  まるで羽毛の様に軽やかに着地する彼の背後で倒れた近衛兵の身体からは、首を落としたとは思い難いほど静かに血が流れていく。皮1枚で繋がった自身の頭を持ちながら倒れた近衛兵の遺体に、ルードは眉を寄せて何かを祈る様に瞼を閉じた。 「…ルード?」 「ブラック、これからはオレの許可無く殺すな……いいな?」  黙祷していたのであろうルードが目を開けると彼に向かって手を伸ばす、あの部屋に入る前は振り払った手を今度はルードが伸ばしていた。  ルードの前で跪くとその手を取り、彼は酷く嬉しそうに手の甲に口付け微笑んだ。 「承知しました、我が王… 」 「っ!やめろ、オレはそんなモノになるつもりは無い!ロズの入れ知恵か!?」  彼の言葉に嫌悪感を剥き出しに、手をまたも振払われる。乱暴に振り払ったせいなのかルードはバランスを崩して倒れかけた。 「無理をしないで…コートにまで血がついてる。立ってるのもやっとなんだろう?」  気力だけで立っているのであろうルードを支え起こすと、そのまま抱きかかえる。 「チッ…この棒みたいな体のどこにそんな力があるんだよ、お前は…」  やすやすと持ち上げられる事に対する悪態を吐きながらも降ろせと暴れる気力もないのか、完全に彼に体を預けていた。  兜の間から流れるプラチナの髪に軽く口付けて、彼はルードに与えられた休息室へと他人に見られない経路を使って向かった。  王宮の中にあるとはいえ簡素な造りのその部屋は、侍女が整えたばかりなのか小さな花瓶に生けられた花が仄かな香りを放っている。真っ白なでシワ一つないシーツの上にルードの体をそっと下ろして、彼は慣れた手付きで鎧を脱がしていった。  顕になるにつれてその傷が深いものであり、ルードで無ければ立つこともままならなかったのではないかと思わせる。 「…なんて酷い…何があったの?」 「気にするな…」  言葉とは裏腹に傷による痛みとは違う苦悶の表情を浮かべるルードに、彼はベッドサイドに積まれたタオルとガーゼの山に、躾のよく行き届いた侍女だと関心すると共に潮時も感じる。水差しから一杯注いだ水を彼は自ら口に含むと飲み込まずにルードに口移しで与えた。 「…ん…っ…」  首に手を当てて脈を測りながらルードが水を飲み込むのを確認すると、おもむろに彼は自ら腰に下げていた短剣で舌を切り落とさない程度にゆっくりと傷付けた。 「ブラック、お前…何を」 「この傷なら直接血を使うほうが早いよ」  静止する間もなく彼はルードの傷口に舌を這わせて己の血を塗りこむ。皮下脂肪が少ない分すぐに露出してしまう内臓を労るように丁寧に舐め、火竜のであるルードらしく失血しようと焼かれた皮膚をゆっくり剥がしながら口に含んだ。 「くっ…いつっ!…は、ぁ……ッ!」  水で薄まっていたもは言えども彼の唾液が混じったモノを飲んだおかげか、ルードの呼吸は部屋に連れてきた時よりも安定している。痛みに堪えながらシーツを掴んで歯を食いしばる姿に、萌える下心を押し殺して彼は自らの血を使った治療を続けた。  竜帝が探し求める血を持つ彼は己の血筋に課せられた宿命を、ルードの側に居られる口実として受け入れている。  いつかこの心臓を捧げる日が来るのならばルードにと願い、番になってくれと長年伝え続けていた。  だが、その想いが通じないこともまた解っていた。  ルードは優しい男だ。  心臓を捧げて生き伸びろと言った所で首を縦には振らないだろう。  治療の為に血を流す事さえ好まないのだから。敵対する者には冷徹なほど慈悲を見せないくせに、仲間に対する情の厚さはそれだけで心酔する者たちを生み出すほどだった。  血の効果が出始め少しずつルードの腹に開いた穴が塞がり始める。すると、今度は肉体の活性化に伴い気管に詰まっていた血が異物として吐き出された。 「ガバッゴホッゴボッ…ぐ、あ…はぁ、ハァッ」  見ている彼の方が今にも泣き出しそうな表情で、それに気づいたルードは口元の血を拭いながら微笑んで見せた。 「そんな顔をするなよ…お前のおかげでこの命を繋いでるんだ」 「ルード…いつまでこんな事を続ける?お前が死んだら…俺は…」  蒼い瞳が徐々に潤み眉間に刻まれるシワが深くなっていく、両手でルードの頬を優しく包み込むと親愛を示す様に鼻をすり合わせ口付けた。  まだ彼の舌から流れる血を流し込む様にルードの薄く開いた唇を割って入り込み、上顎を撫でる様に動かす。上を向かせるようにして深く重ねた唇を吸いながら、歯茎をなぞって互いの舌が絡み合った。 「ん…ふ、ぁ…ん…」  僅かに彼の身体を押し返そうとしたのかルードの手が胸に押し当てられるが、それはすぐに彼の服を掴むだけになる。反応を確かめるように頬を包んでいた手が下へと降りていく、爪さきで輪郭をなぞりながら喉ぼとけを辿って行った。  肌が白いせいなのかルードの皮膚の上を彼の爪が辿る筋が赤くなって残っていく、まるでマーキングしているようだと思いながら深い口づけに夢中になった。  治療の為と言う大義名分を得たその行為を拒絶しないルードのやさしさに付け込んでいる、解っていてももはや彼は己の本能を繋ぎとめるだけの理性など持ち合わせていないのだ。 「ルード…ルード…」  何かを懇願するように名前を呼びながらルードの体に手を這わせる。筋肉の繊維に沿って、あるいは重力に従い滑り落ちる様にしてルードの体の隅々まで彼の指は愛撫した。 「いいの?こんな事を許して…俺は勘違いしてしまうよ。それとも…試しているの?」  まるで迷子になった幼子の様に問いかける彼の言葉にルードは乱れたままの呼吸で、返事を返さず彼を見つめる。ルビーの瞳が僅かに細められたのが彼には肯定の意を示していると感じられた。 「ルード…本当に嫌なら俺を押しのけてくれ。途中でなんて止まれないよ」 「…構わない…お前なら、何をされても」  不意に視線をずらして呟かれた返事に彼は自身の血がカッと頭に上るのを感じる。血液が逆流するとはこの事だろうかと、実感するほど顔が熱くなった。  今までの拒絶は何だったのかと、不死の心臓を持つがゆえの副次的な効力で助けられた礼で身体を差し出すつもりなのかと。喉から出かかる言葉を全て飲み込んで、彼はルードの首筋に唇を寄せてチュッと音を立てながら皮膚に吸い付いた。  白い肌の上に咲く小さく赤い花、それを繰り返し咲かせながら徐々に胸へと身体を移動させる。時折ルードがため息にも近い声を漏らして所在無さげに膝を立てて彼の体を挟むように動かした。  わざと鎖骨に犬歯を立てて赤い筋を再び残せば、この身体を征服したいと言う小さな野心に日が灯った。  鍛えられた均衡の取れた筋肉を愛でるように舌を這わせて、辿り着いた胸の突起を口に含んだ。 「っっ!」  ビクリと全身を震わせてシーツを掴む手に力が入るのを見ながら、吸って舐めて舌の上で転がした。  声を出したくないのか、気付けばルードの手は自身の口元へと移動していて指を強く噛んでいる。 「ルード、そんなに強く噛んだら皮膚が破れてしまうよ…我慢なんてしないで?」  言いながらゆっくりを手を引き剥がそうとすると震えているのがわかり、彼はやはり自分とのまぐわりなど本心では嫌がっているのかと気落ちする。だが、手で隠すことのなくなったルードの表情を見てその考えは間違いだったのかもしれないと思い直した。 「っ!み、見るな!ブラック!やめろっ!」  耳まで赤くして、赤い瞳を潤ませるその姿はまさしく生娘のようで。彼はそんなルードの表情に自分は思い違いをしていたのではないかと、優しいルードに売った恩を返してもらうという言い訳をして自分が強引に事に及ぶのだと考えていたのが間違いであったと思い知らされている。 「…ルード…もしかして、俺に奪われるのを待っていたの?俺が…初めての男でいいんだね?」  彼の言葉にますますルードの顔は赤くなり、言い訳も思いつかないのか顔を背けて自惚れるなとだけ小さく呟いた。 「嬉しいよ、ルード…愛してる」  こみ上げる感情が今にも溢れ出してしまいそうな、喜びに満ちた言葉にルードは戸惑いながら彼の手による愛撫を受け入れる。少しずつ吐き出される甘い吐息と、耳たぶを舐める水音に肩をすくませ未知の快楽に目覚めていった。  ゆっくりと裸にされる羞恥に思わず否定の言葉を口にしそうになるが、ルードは引きずり下ろされた下着の中から出てきた自身が既に立ち上がっていた事に言葉を失った。  脈に合わせて上下する肉棒が彼の手に包まれ、やわやわと揉まれるとそれだけで腰が跳ねる。 「んんっ!…ブラック…!」  名前を呼ぶ声も甘くどうしたらいいのか解らないと言いたげな視線も、彼にとっては愛しさを募らせる演出のように見える。 「もっと、声を聞かせて?俺の名前を呼んでよ、ルード」  白い肌に赤い痣を付けながら囁く彼の言葉に、悪態を吐く事も無く緩やかな男根への緩やかな刺激にざわつく身体を押さえつけるのに必死だ。 「ルード…もしかして、自分で慰めたりもした事無い?じゃあ…こう言うのは?」  優しい声音で問いかけながら股間に顔を埋めると、彼はルードを口に含んで先端から裏筋に向けて舌を這わせた。 「ひぃっ!う、あ…ぁっ!…そんな、とこっ…な、め…や、めっ!」  暖かく柔らかな口腔の感触と舌で敏感な先端をくすぐられる快楽に、ルードは仰け反りシーツを掴んで逃げようと足に力を入れた。  だが、その反応を見越していた彼の両手はがっちりと太ももの上から腰をホールドしている。わざとらしい水音を立てて規則的な動きをし、唇を肉棒の形通りに吸いつかせて扱く。 「うァァあっ!ブラ、ック…ブラック!た、すけ…あっあァァァァァァっ!」  目の前がスパークしながら白くなる感覚に、思わず助けと言いかけながらルードは彼の口の中で呆気なく果ててしまう。自分で加減する事もできない強制的な射精に、ルードの世界はチカチカと点滅を繰り返し放心状態になってしまった。  吐き出した精液を彼が飲み込むのを焦点の合わない目で見つめていたが、唇の端から一筋零れ落ちていくのを見つけた瞬間意識が覚醒した。  琥珀色の肌の上を輪郭に沿って落ちていく白い体液の艶かしさ、それを拭う仕草の美しさは見惚れる程のものだ。  故にルードは美しいモノを汚してしまったと言う後悔が襲ってくる。それは自分の精液を飲んだという羞恥を含んだ後悔で、赤面する自分の顔を両手で覆っていたたまれない心地を味わう。 「どうしたの、ルード…恥ずかしかった?」  大丈夫、と声をかけながら抱きしめてくる彼の優しさに泣きそうになるのを感じつつも首を振って自身の後悔を悟られまいとする。 「安心して…これからもっと汚してあげるね、ルード」  不意に浮かんだ彼の口元の半月にルードは言われている意味の半分も理解していない様な、そんなキョトンとした顔で服を脱ぐ彼の細く引き締まった肉体を見つめていた。  再び彼からの口付けを受け入れながら、自分の吐き出した精液の味に眉をしかめる。 「ブラック……なに、を?」  口付けていた彼の唇が離れていくのを名残惜しそうに見つめながら、不意に持ち上げられた自分の下半身とその間から見える彼の嬉しそうな表情に首を傾げた。  褐色の肌の間からちらりと覗く赤い舌は、怪我の治療のために切った場所がわらがなくなるほど綺麗に治っていた。  不死の心臓を持つが故にどんな傷も短時間で跡形もなく消えてしまう彼が、自分のためにつけては跡形もなくなっていった傷跡はいくつあるのかとルードは泡沫の感傷を胸に秘める。ふと気付けば彼の顔はルードからは確認できない位置に移動したらしく、見えるのは緩やかなウェーブの金色の髪の毛だけだった。  柔らかくて触り心地のいいその髪に触れたいと手を伸ばしかけたルードは、突如感じた感触に体を起こしかけたがそれは叶わずに終わる。彼が高々と腰から下を持ち上げて何かをしている。  排泄器の辺りでぬめりながら蠢く温かな感触、それに伴うくすぐったさにも似た感覚。身を捩りたくなっても自由が効くのは上半身でも手ぐらいなモノで、足をバタつかせた所で意味をなさなかった。  入り口付近の襞をよく解すように舌でなぞり、指先を宛行えば呼吸するようにひくついた。 「ルード…少し解すね」  言われてもどう返せばいいのか困惑するルードを余所にブラックムーンの指は、菊座の動きに合わせてゆったりと埋め込まれていく。その間も唾液を流し込む様に舐められ、遂にはルードの口から甘い吐息が一つ漏れた。  細く長い彼の筋張った指が唾液を潤滑油の代わりにして押し進む。感じたことのない圧迫感と違和感に思わず固く目を閉じてシーツを掴むと、全身が強張った。  ゆっくりと時間をかけて解きほぐされていく緊張と肉壁の強張り、そして三本目の指がそろりと侵入を始めた頃に見つけられてしまったソレを刺激されてルードは今まで堪えてきた声を我慢することが出来なくなってしまった。 「アッ!…ブ、ラック…!ヒッ…ぃ…ッ」  前立腺を指の腹で撫でるだけでルードの腰は浮つき声はひっくり返ったように高く漏れ落ちる、突然電流のように走る快楽に対する耐性の無さが困惑として声に出てしまっていた。  何度も彼の名前を呼んで生理的な涙を浮かべた紅い瞳が揺れている。苦しげでありつつもどこか切なさを隠した声に、彼は自分の股間が布のを持ち上げ痛いほど膨らんでいる事を切実に感じた。  すでに3本目の指が入っても痛がる様子もなく、肉襞はやわやわと包み込むようだ。  前立腺を揉みながらルードの様子を伺っていたが、強すぎる刺激にあっと言う間に射精してしまったルードの全身からは完全に余計な力は抜けてしまっている。ぐったりとシーツに両腕を投げ出し、肩で荒い息を繰り返す姿と汗ばんた体が部屋の照明で輝く。  彼の中にあるルードへの崇拝にも近い感情は恋慕にいつの間にか擦り変わり、今まさに欲望に塗れようとしている。 「ごめんね、ルード…もう、堪えられそうにない」  その呟きにルードが気付かなかった事さえ確認もせず、彼は性急に自分の衣服を脱ぎ去ると自身をルードの菊座へと押し当てる。剥き出しになった赤黒いマラの先端からは既に先走りが滲み出していて、彼は童貞のようだと自嘲気味に笑う。  ぺとりと尻に温かな感触が当たる事に気付いたルードが気怠げに体を起こそうとしたその刹那、彼は覆い被さるようにして腰を一気に進めて雁首を収める。 「あっ!ぐぁっ!…ブラ、ク…っ!!や、あっ!裂ける!う、ぎっ!」 「大丈夫、大丈夫だよ…ルード、ほら。オレに掴まって…」  指とは比べられない質量に藻掻くルードの手を掴んで自分の首に回すと、髪の毛を梳いたり額に口づけながら宥めてやる。裂けないようにと持てる理性の限りを尽くしてゆっくりと、ルードの呼吸に合わせて腰を動かした。  最初は緩やかに入り口を行き来していたのもが、徐々に奥へと招き入れられるように埋め込まれていく。キスをして舌を絡めながらなるべくルードの意識がそこに向かわぬよう、乳首や脇腹を撫でたりと挿入自体が快楽と直結する様に仕向けた。 「…ん、ふ…ブラック…ブラック…っ!」  迷い子のように首に手を回してしっかりとしがみついてくるルードの愛らしさに、彼は胸の奥を締め付けられるほど愛しさを覚えて理性を手放しかける。 「ルード…このままお前を無茶苦茶にしてしまいたいよ…可愛い可愛い、俺のルード…」  欲望のままに扱えばルードを傷つけるだけと気を持ち直した彼は、再びゆっくりと腰を進める。そうした彼の心遣いがルードにも分かったのだろう、半分ほど入った所でルードは呼吸が僅かに整ってきていた。  力任せにしがみついていた手も、彼の顔にかかる長いハニーブロンドをかきあげてやる余裕が見えてきた。 「ルード、大丈夫かい?」 「ん…も、平気だ…その、ごめんな。オレの事そんなに気遣わなくていいから…ブラックの好きにしてくれ」 「っ…!そう言うの、良くないよルード…どうなっても知らない…後悔しないで、ね?」  後悔なんて、そう言いかけたルードの唇を塞ぐ彼のキスはこれまでよりずっと荒々しく貪るように呼吸さえ奪っていく。舌の動きに翻弄され、ついていくのに必死なルードを無視して唾液を口の中で混ぜ合わせる様に動いた。  飲み込みきれなかった唾液が口の端から溢れて銀糸に尾を引いて、顎へと流れていった。  それと同時に狭い肉襞を押し分けるようにして進む彼の逸物は、亀頭が容赦なく前立腺を擦り上げながら快楽で弛緩した隙を狙って更に奥を目指した。  彼の手で与えられる快楽の全てを受け入れながらも、ルードはまるで全身が性感帯にでもなっているかのような錯覚に襲われる。頬にかかる息さえ気持ちいい様に思えて身をよじるが、それさえ掴まえられて封じられる。  逃れようのないそれが全身に毒のように回って、ジンジンと頭の奥が痺れていく。今までブラックムーンに抱かれてきた女は皆、こんな快楽を全身で感じてきたのだろうかと。  騎士でありながら暗殺に手を染め、言いよる女に対しても拒むことが無いと噂されているのはルードも知るところだ。  自分の腹の底で渦巻く感情の名前も知らずに過ごしてきたが故に、顔も知らない女に対して上手く言語化出来ないまま快楽に翻弄される。言葉にできない何かを訴えたくて、ルードは彼にしがみついて肩口に噛み付いた。 「っ!…ルード…?痛い?」  間違って伝わる感情に首を振りながら、辛うじてひり出した違うという否定の言葉に彼は柔らかく笑った。  至近距離で見つめてくるそのエメラルドの瞳の中で輝く情欲の深さに、くらくらと目眩にも似た何かが揺れる。口の近くを流れる汗を舐め取る舌の赤さ、それすら扇情的でルードはこのままこの男に喰われるのではないかと錯覚した。  同時に思うのは愛しい男の腹を満たす肉になるなら、それはそれで幸せだろうと。 「ブラック…も、イキたい…」  根本まで埋まったと言う圧迫感と何度も前立腺を刺激された余韻で、届きそうで届かない絶頂と言う見えているはずの終点に到達できないもどかしさがその言葉を言わせていた。 「ああ…ルード、次は俺も…」  瞼の上に落ちる口づけを合図に彼の腰がより深くを抉るかのように動き、律動の速さにルードは掴まるのが精一杯だった。  息を詰まらせながらも抑えることのできない喘ぎ声はしっとりと艶を帯びて、ピストンで突き上げられる度にルードの背は弓なりにしなる。それでも初めての経験だ、これだけで達せない事を知っていた彼はルードの肉棒に指を添わせて突き上げと逆の動きで擦り上げた。 「あぁっう、ぁっ!ぶら、く…ブラック!いっ…ひ、ぅ…っ!」  自分のモノを擦られて気持ちいいのか、中で前立腺を刺激されて気持ちいいのか。それとも彼の逸物が出入りすること自体が快楽を生むのか、ルードにはそれを考えるだけの理性が残されていない。  全身から脳に送り込まれてくる快楽という濁流に飲まれて、天から降り注ぐ光の様に輝く彼の髪を掴んで助けを求めるしか出来なかった。  何もかもがぐちゃくちゃに掻き回されて、何処に感情を置けばいいのかすら解らず乱される。ひっきりなしに上がる自分の物とは思えなくなる様な甘ったるい声も、激しく突き上げられては堰き止められて苦しさに藻掻くしかない。  腰と尻肉がぶつかり合ってパンパンと軽やかにリズムを刻んで、耳たぶを舐る音なのかそれとも結合部から聞こえてくるのか解らない水音は淫靡に耽らせた。 「ひぁぁんっも、だめ…!で、るっ!ブラックっ!でちゃ、う…っ!うあああぁっ」  登り詰めた先で手にした空白の、気持ちよさが脳天を穿くような痺れを享受しながらルードは目を見開いて仰向けに反り返った。  瞬間、彼の手の中で弾けた欲望は勢いよく二人の腹へと飛び散った。 「ルード…おれ、も…っく!あ…っ!」  絶頂を迎えキツく締め付けるルードの中を勢い良く突き上げると、彼もまた堪えきれないと言わんばかりに灼熱の奔流を最奥で解き放った。  二度、三度と放たれるそれにルードは体を震わせて恍惚とする。余韻の中で体を震わせながら天を仰ぎ、焦点の合わない目で虚空を見つめる姿に、彼はうっとりと魅入ってしまう。  汚してはいけない存在と勝手に崇めていたルードは、自分の欲を放ったところでその神性を喪わず美しいままだったと妙な安堵を覚えた。  それと同時に沸き起こるのは渇望だ。  まだ足りない、もっと隅々まで自分の形を覚えるまで突き上げて染め上げたいと言う独占欲がとぐろを巻いていたのが彼の中を這い回る。汗や唾液、中に出した精液のおかげで彼がルードの首元につけた赤い痣は直ぐに治ってしまうだろう。  傷を治すには便利な体質だが、マーキングしても意味がないのは切なさを感じてしまう。  このままもっとルードの体を貪って、今夜の事を忘れられない思い出に変えればいいだろうかと彼は考えてやめた。 「…ねえ、今夜はどうして俺の想いに応えてくれたの…ルード」  荒い呼吸を整えながらようやく落ち着いてきたルードに問いかけると、眉を寄せてルードは彼から視線を逸らす。こうして視線を逸らすときは上手い言い訳が思い付かない時だと熟知していた彼は、ルードの頬を両手で包んで無理やり自分に視線を合わせた。 「嘘は吐かないで、俺には全部分かるから…お前の癖は全部把握してるよ」  深いエメラルドグリーンに見つめられてルードは眉を寄せて何かを諦めた様に、伏せ目がちに彼を見た。 「……実はビートルが殺された…アコールを諌めてくれていたのに、オレは守ってやれなかった……」 「そんな、ビートルが…皆が聞いたらそれは悲しむね…でも、お前が一番悲しいだろう?だから俺に抱かれたの?埋め合わせ?」 「ちがっ!それは……違う……大切にしていたビートルすら簡単に殺してしまうアコールが怖くて…お前も奪われるんじゃないかって……!」  話しながら今にも泣き出しそうに潤む瞳に、彼は胸を締め付けられるような思いだ。 「奪われるって思ったら怖くて」 「ごめんね、ルード……辛かっただろ?」  ついに溢れ出した涙に口付けながら抱き寄せる彼の温もりに、ルードはしがみついて今まで自分がひた隠してきた感情を涙と共に押し流した。  戦場で怪我をした彼がひとりでに再生するのを見て、その血に刻まれた呪いにも似た不死性の秘密を打ち明けられたあの日から。ルードは恐れていたのだろう、一番親しい者を殺せと言われた時に彼の不死性がその心臓が持つ力が明るみに出てしまう事を。  そして、その懸念はビートルを殺されてしまった事で現実味を帯びたが故にルードは彼の想いに答えたのだ。  それは、同時に竜帝に弓引く事も意味していると知りながら受け入れた。 「ブラック……ずっと、応えられないままでいたかったよ…」 「俺はお前に心臓を捧げられるなら答えなんて要らなかったよ……でも、もう止められない…アコールは自ら我らの信頼を手折ったんだ」  彼の言葉にルードは苦しそうに目を伏せ、シーツを握りしめて唇を噛んだ。  そっと褐色の指が白いルードの肌の上をなぞり、シーツを掴む手に重なる。 「大丈夫、ルード。今夜はそんな事全部忘れさせてあげる」  縋るように上げた視線が彼と絡まり柔らかな微笑みで解ける。その夜何度目か分からないほど重ねた唇が再び重なり、舌を絡め合いながら彼はゆっくりと腰を動かす。  結合したままだったそこからは隙間を縫うように精液が溢れ、潤滑剤の様に滑らかに彼の肉棒を擦り上げた。 「んんっ……あっ……」  快楽の余韻が火種のように燻るルードの身体をくまなく撫でる指と、律動と共に硬度を増す彼自身の太さにピクリと腰が跳ねた。  もう快楽を拾える様になったのかと満足そうに微笑む彼はルードの中で揺らめく悲しみと理性による、苦悩の全てを取り払うべく的確に性感帯を刺激していく。片足だけを持ち上げ下ろしている足を跨ぐとルードの肉壁を違う角度から亀頭が抉った。 「ひぃっ!やっ……ちが、うとこっ……あたってぇ!」  正常位では感じられなかった場所を攻立てられてだらしなく開いたままの口の端から涎が落ちる、足の付け根から睾丸の近くを撫であげる手に太ももの筋肉は痙攣する。どこもかしこも彼に暴かれたと思っていた筈なのに、まだ自分自身が知らない快楽を探り当てられている様でルードの顔に朱が走った。 「ルード、まだ恥ずかしがる理性があるの?もっと気持ちよくしないと駄目だ、ね」  僅かに意地の悪さが含まれた彼の声音にルードはこんな事を言う男だったのかと戦慄する。触れる爪の硬さも指の腹の熱さも、知っているのに知らない彼が顔を見せた。  わざと抜けるギリギリまで腰を引けばルードの腰は無意識にそれを追う、その追いすがってきた所に腰を進めて一気に突き上げる。反動でゴリ、と前立腺を押した上に結腸近くまで埋め込まれた様な錯覚でルードの視界は点滅した。  火花が散る様にすら感じるそれは脳天を突き抜けていく快楽と僅かな痛み。痛いと言うはずがそれすら気持ちよく感じてしまうルードは悦がり狂う様に声を挙げた。 「ひゃぁぁぁっん!…ブラックっブラックぅ…か、はっ…あ、や…っ!」  それでも足りないと言うのか、今度は入れたままうつ伏せに体を回転させられその刺激にすら背筋が震える。枕に顔を埋めながら、彼の手に依って尻を高く上げさせられた。  まるで犬の様な無様な格好になっているなど気付きもせず、ルードは背後からの突き上げにひっきりなしに喘ぐしか最早出来ることがない。彼の顔を見たいと頭の中で何度も名前を呼ぼうとしても、出てくるのは鼻から抜ける甘ったるい言葉にすらならない音だけだ。  ギシギシと軋むスプリングとそれに合わせて聞こえるルードの声。歓喜の合唱は彼の独占欲を醜く満たして膨れ上がる欲望となってルードの中に吐き出された。  と、同時に彼はルードの首筋に噛み付いて歯型を残す。  犯されているのか捕食されているのか、今のルードに区別は付かなかった。  手首を掴まれ体を無理やり起こされると、今度はあぐらをかく彼の膝の上で何度も揺さぶられる。どこが絶頂なのか思い出せなくなるほどの快楽に包まれてルードの陰茎からはダラダラと精液が流れたままだ。  勢いもなく溢れるそれをせき止めるものはなく、今度は肩口に噛みつかれて背筋がしなった。  お互いの体に付着する精液と汗で滑る肌が溶け合う様だと彼は笑う。一度たりとて感じたことの無い充足感に満たされ全身の血がルードの名を呼んでいた。 「今ならお前を孕ませられそうな…そんな気さえするよ」  あり得ない妄言を口にする彼に、ルードは自ら向き直って口付けると綻ぶ様に笑ってこう応えた。 「孕ませて?」  彼は頭の中の糸が焼き切れた音がしたのを聞いた気がする。  そこから先はお互いに何の記憶もない、ただまぐわって出し尽くすほど腰を振ってルードを鳴かせた事しか彼は覚えていなかった。

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