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第4話

 二人が密やかに結ばれた日から数日後、竜帝の騎士団は全員が一所に集まっていた。  誰もが沈痛な面持ちでルードから伝えられたビートルの死を噛み締めている。彼らはずっと悩み続けていたのだ。  このまま今の竜帝に支配され続ける事が本当にエグゾス大陸に住まう者達の幸せになるのだろうかと。アコールの力は偉大かつ強大でここに居るの騎士を束ねても勝てるのか解らないほどである。 「…でも、このまま狂っていくのを…滅びを私達は待つだけでいいのでしょうか?私達を信じてきた民達は…どうなってしまうの?」  最初に口を開いたのはイグニットだ。  彼女は騎士でありながら崇拝の対象でもある。  慈悲深さと冷徹さを兼ね備えた使徒としての側面も持ち合わせている。故に最も平民たちに親しい存在とも言えた。 「…私は、今こそ討つべきと考えている」  イグニットに後押しされる様に口を開いたのはロズブロークだった。  参謀役を担う彼は早い段階からこうなる事を予測していたのでは無いかと思われるほど素早く、兵士たちをアコールの目を盗んで集めていた。 「オレも…ロズやイグと同じだ…もう、オレではアコールを抑えきれない」  ビートルと共に寵愛を受けていたルードの言葉にマリンホークは唇を噛み締め、ミスティは飼い猫を抱きしめる。ジュードターナーは皆のそう言った苦しそうな表情に戸惑っている様だった。 「そう言えば…ブラックムーンは、どうしたの?」  はた、と周りを眺めたマリンホークの言葉にルード以外がこの場にいない男の姿をキョロキョロと探した。 「それが、今朝から見つからない…もしかしたら、既にアコールの手にかかってしまったのかも知れないな…昨日、謁見の間に呼ばれていたのを私は見たがそれが最後だ」  押し黙ったままのルードに変わって答えたのはロズブロークだ。  予め用意していた答えをそのまま伝えているかの様な違和感にマリンホークは眉をしかめる。彼女は知っているのだろう、ブラックムーンと言う男がこの場に現れない理由を。  彼はいつもそうだ。  国の未来を憂いた騎士たちが集まる場に自分の様な暗殺者は必要ないと、決まって姿をくらませた。  何度か問いただしたこともあったが、答えはいつも変わらなかった。 「俺は暗殺者、言わばこの国の暗部。皇帝に従うでもないよ…国に従うだけさ」  彼は傍観者なのだ。  同時に監視者でもあるのだろう。  マリンホークはそう考えていた。  ルードに出会うまでの彼を知っているからこそ、彼女はこの場にいる全員をアコールが殺せと命じれば彼は無情にも手にかけるだろう。最愛と呼んだ男でさえ、彼は仕事として殺すだろう。  だが、問題はそのアコールが既に国としての体裁を成していない事がマリンホークには引っかかった。  今の彼は誰の命令を聞くのだろうか、と考えを巡らせるも答えは一つしか思い浮かばない。ただ一人彼が傅き支配される事を望む相手。 「ルード、何を隠しているの?私達仲間じゃない…教えてくれても」 「駄目だ…お前達は望みがあると思っているだろ?アコールが正気に戻るんじゃないかって」  説得を試みようにもなしの礫で、取り付く島すら見つからない。マリンホークの顔が曇るほど泣きそうな顔をするのはイグニットだ。  二人は強い信頼と愛情で結ばれている。  故に意見が対立すること自体にイグニットは苦しさを覚えているのだろう。  ロズブロークは二人の顔を交互に見ながら一つため息を吐き出した。 「ミスティ、ジュードターナー…お前達はどうする?我々と行くのか、それもとマリンホークの言葉に賛同するか?」  決断が苦渋であるほど遅くなってはことを仕損じる、そう言いたげなロズブロークの言葉に肩をビクリと揺らしてミスティは俯いた。 「ル、ルード……僕は……」 「ミスティ、こればっかりは自分で決めるんだ。どんな結果でもオレはお前を恨んだりしない」 「うん……ありがとう、ルード」  ミスティはルードの言葉に安堵しながらも、これまでのルードであれば見せなかったであろう微笑みにひりついた何かを感じる。とくにここ数日のルードはミスティがずっと感じていた危うさを忘れてきてしまったかのように、穏やかな微笑みを浮かべていた。  崇拝にも近い想いで見守っていたミスティは、すぐにブラックムーンとの間に何かあったのだろうと察してしまう。 「結局……君は僕を選んではくれないんだね……」  切なげに呟かれたミスティの言葉に気付く者はない、言葉を向けられたルードですら籠められた意味を理解はできないだろう。  自ら禁じて口に出さなかったミスティがブラックムーンに何を言えようか、本人も自覚はあるが今は実ることがない己の想いに嘆くしか出来ないでいた。 「ミスティ?」 「……僕は……争わずにいられるなら…それを探したい…」  真っ直ぐに自分を見つめてくるルードの視線に耐え切れないのか、ミスティは顔を背けて足元でにゃあと鳴いた猫を抱き上げる。小さくも柔らかく暖かな存在に頬を擦り寄せ、心の平穏を保とうとしているのだ。 「ジュードは?」 「私も、ミスティと一緒よ。アコールと争わなくて済むなら…」  犠牲を恐れるミスティとは反対に、ジュードターナーの瞳には畏怖が浮かんでいる。彼女にとってアコールと戦うという行為は自殺志願にしか思えないのだろう。  ロズブロークとルードはお互いの顔を見ると静かに頷いて席を立った。 「俺たちは行く。お前たちも動くなら急げよ」  ルードの言葉は心遣いなのだろうが、マリンホークには宣戦布告の様に思えて身震いしてしまう。どんな難敵でもこの七人であればいくらでも乗り越えられると信じてきた仲間が、今はお互いの信念の元背を向け用としていた。 「……イグニット……」  ルード達の背を追うように走る少女の名を呼ぶマリンホークの表情は、切なげで苦しそうだった。  そばで見ていたミスティも自分はこんな表情なのだろうかと、友愛を超えたソレを望む者同士として同情していた。 「振り向くな、振り向けばもっと辛くなる」  ロズブロークの言葉に涙ぐみながらも健気に早足で廊下を渡る二人の後を追いかけるイグニットに、ルードは胸が傷んだ。  騎士団の中でも特に長い時間をともに過ごしたミスティと、万が一剣を交えた時に自分は迷わずに振り抜けるだろうか。未練も無く切り裂けるのだろうかと自問自答した。 「二人ともよく耐えたな、偉かった」  ロズブロークの執務室に着くなり彼は二人をそっと抱き寄せる。歳上であるがゆえに騎士団でも兄や父の様な振る舞いをしてきたロズブロークだけに、二人はつい甘えてしまう。 「これで…良かったのよ、ね?」  不安げに問いかけるイグニットの背中をなでながらロズブロークは強く頷きかける。ルードは窓辺に腰を掛けながら腕を組むと焦りを隠すように瞼を閉じた。  今はそばにいないブラックムーンの事を思いながらロズブロークの策が上手く行くことだけを願った。  それから数刻の時が流れ、使用人が三人の為に料理を運んできたその時だった。  まるで地鳴りの様な音が響いたかと思うと王宮全体が揺れたのだ。 「きゃあーーーっ!」  悲鳴を上げたのはその場にいた使用人だけではない、至る所から悲鳴と突然の事態に戸惑う叫びがあがった。 「ルード、行くぞ!」  そう呼び掛けながらロズブロークは窓辺を見るが、そこには既にルードの姿はない。窓ガラスを割って飛んで行ってしまったらしい痕跡として、カーテンがバタバタと風ではためいていた。  ルードの後を追う様にロズブロークとイグニットも部屋を飛び出すと、士官たちに避難経路の誘導をしていたミスティに鉢合わせた。  三人は言葉を交わすでもなく頷きあうと、震源地の方向にある後宮を目指す。二度、三度と大地は揺らぎ石造の円柱は容易く倒れていく。もうもうと土煙を上げるその先に見えるのは巨躯をくねらせ敵を咬み砕かんとする竜と、金色に輝く翼を広げて飛翔する一羽の鳥だ。  光を束ねた翼で軽やかに跳ね回り、竜の巨大な爪やアギトを軽くいなす。土埃が暗雲のように立ち込めるその場にあって輝きを失わないソレを、見上げていた兵士たちはうっとりと魅入ってしまう。  まるで夜天に昇り道を照らす月のようだと、口々に讃えているのだった。 「あれは……まさか、ブラックムーン?」  マリンホークの言葉にロズブロークとイグニットは押し黙る、最初から計画していたのだと責められる事を覚悟して二人は黙ったのだ。  だが、マリンホークの関心はそこではなかった。  暗殺を得意としルードの影のように付き従っていた男がわざと他人の目に付きやすい場所で、己の羽を広げているという事実にマリンホークは驚いていたのだ。  ミスティもまた実際に戦うブラックムーンを見るのは初めてのことで、金色の翼を広げるその姿にルードがあの男は特別だと語っていた事を思い出した。  アコールとブラックムーン、2頭の竜の戦いが激化するほど王宮は崩れ、ヒューマン族も混ざっている使用人たちや兵士は逃げ惑う。マリンホークやイグニットは彼らの救援を目的に動き出し、ロズブロークはミスティとジュードターナーを連立ちブラックムーンの元へと走った。 「まさか、ミスティが共にくるとは……」 「僕は……ルードが心配だから」  らしい答えだと納得するロズブロークの後ろでジュードターナーは酷く不安げに表情を曇らせる、我を忘れたかのように暴れまわるアコールの力と仲間である筈のブラックムーンから感じる未知の力。未曾有の事態に意志がまとまる気配を見せない仲間たち、ジュードターナーは足元に絡みついてくる死の恐怖に足が竦みそうだった。 「ジュードターナー……無理は、しなくていいからね」  悲しげに微笑むミスティの一言に彼女は奮い立って大きく首を振ると 「だ、大丈夫!私の力はみんなを護るためにあるんだから」  と力強く返すのだった。

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