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『だめんず・うぉーくを止めるとき』番外:『手作りバレンタイン』~その1~

※本編ネタバレ注意 「将棋を導入しようと思う」  彰がそう言い出したのは、年が明けてしばらくした頃だった。俺は、思わず奴の顔を見つめた。 「本気か?」 「ああ。不本意だが、経営のためには仕方ないだろう」  そう言う彰の顔は深刻で、ああ苦渋の決断なんだな、と俺は思った。元々、将棋の人口は囲碁よりも多い。それに加えて、優秀な若手棋士が近年出現したおかげで、将棋はますます人気が上がっているのだ。ブームに乗ろうと、『将棋もできる』を歌う碁会所が出てきているのは知っていたが、まさか彰がそう言い出すとは思わなかった。なんせ奴は、休場中とはいえ、れっきとした囲碁のプロ棋士なのだから……。 「わかった。お前がそう言うなら、信頼して任せる」  俺は頷いた。彰は商売上手というのか、経営手腕は確かだ。ここは一つ、奴に賭けようと思ったのだ。 「そう言ってくれて、ありがとう」  彰はほっとしたように微笑むと、驚くべきことを告げた。早速、将棋の研究会に参加する、というのだ。 「え、でもお前、将棋指せるんじゃなかったっけ?」  囲碁一辺倒の俺と違い、彰は囲碁のプロのくせに、将棋もなかなかの腕前なのである。だが彰はかぶりを振った。 「オーナーなんだから、一通りできる、くらいじゃダメだよ。もっと勉強しないと。実はもう、葵のつてで話はつけてある」 「あ、なるほどな」  彰の妹の葵さんは、将棋の女流棋士なのである。こうして彰は、毎週日曜、将棋の研究会に参加するようになったのだった。

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