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第一話

カミール・ブラウンは王国騎士団の第六部隊部隊長である。24歳の若さにして部隊長に就任した彼はこれと言って目立ったところはない地味な青年だったが、生真面目だが機転の利く、その上ラフな一面もあるという所謂「世渡り上手」であった。それに対して文句を言う者も少なくなかったが、大抵の人間はカミールの人の良さを知っていた。文句を言う者が文句を言われる者になるのは自然の流れだった。 女遊びもしない、酒もタバコも嗜まない、賭博なんて論外。カミールは時折同僚に聞かれるのだ。何を楽しみに生きているのかと。その度にカミールは同じ答えをする。僕は騎士をするために生きている、と。つまらない男だと思われてもカミールは構わなかった。自分の思うがままに、信念のままに生きること。国を守り、人々を守る事こそ自分の本懐だとカミールは信じて疑わなかった。 「カミール、これから軍議だぞ!」 「あ、うん!今行く!」 「お前のだーい好きなシリル殿にお会いできるぞ」 「だっ……!そ、そんなんじゃ無いってば!」 別の部隊長に言われてカミールは顔を真っ赤にした。ペチペチと両手で自分の頬を叩いて気持ちを律する。変なふうに言われるのは慣れっこのはずなのに、それでも赤面する癖は治らなかった。 軍議室にカミールが着くと、既に数名の部隊長が椅子に座って待っていた。誰も彼もがカミールよりも年上の猛者ばかりだ。その中で一際目を引く男性が一人、団長の席に座っていた。 (シリル団長……今日も凛々しくて美しいな……) シリル・オースティン。王国騎士団の団長である。茶髪に茶色の瞳の地味な見た目のカミールと異なり、シリルは太陽の光のような金髪に澄んだ水面の青い瞳を持っていた。おまけに類稀なる美しさを備え、これで王国最強と謳われる剣士なのだから文句の付け所が無い。騎士道を重んじる、まさに完璧な人物。シリルはカミールの目標だった。最年少で団長に成り上がったシリルにはよからぬ噂も立ったが、それらは全てシリルを妬む者による根も葉もない話。カミールはそれらの噂に惑わされる事もなく、自分が見たままのシリルの姿を信じ続けていた。まるで神を崇め奉る信者のように。 最後の一人が「遅れました」と言いながら扉を閉めて席に着く。シリルが全員を見回して揃ったことを確認して「始めるぞ」と号令を出した。 軍議は来月行われる、16歳を迎える王女の誕生記念舞踏会の警備についてだった。かつては内乱で荒れていた王国だったが、今の国王が若い頃に王国内の統一戦争に勝利したことで全ての戦が収まった。そのため騎士団は外に戦いに出ることは無いが、いざという時の訓練や災害時の救援、要人を招いたときの警護などを執り行う事になっている。王女の誕生記念舞踏会には国内の貴族だけでなく、外国からも賓客が訪れる。そのため、警備に関する話し合いは非常に重要なものであった。万が一賊などに入られてはせっかくの祝いの席が台無しである。 「つまりここを、こう……窓を覆うように三人で守る」 図面を全員で確認しながらシリルが指をさして示す。それに部隊長の一人が意見を述べた。 「二人ではいけないのですか?」 「人数を考えると二人でも良いのだが、ここは大広間の窓だ。警備を薄くするわけにもいかんからな。かと言って、大広間を我々が闊歩しては物々しい空気になる。我々の役目は賓客や王家の方々をお守りすることだが、それは裏の仕事でなければならない。わかるな?」 「はい。では三人で警備にあたります!」 「あぁ、頼んだ」 軍議は順調に進み、それぞれの意見を擦り合わせながらより良い警備体制を組んでいった。取り仕切るのは基本的にはシリルだが、多くの意見を提案するのは部隊長たちだ。中には部隊員が持ち出してきた意見を出す部隊長もいた。 内容が纏まったところでシリルが「では今日はこれまで」と告げると部隊長たちは羽を伸ばしたような表情をして解散していった。自ら望んで騎士になった者たちであれど、やはり座りっぱなしの軍議は疲れるのだろう。カミールもその中の一人だった。 「カミールお疲れさん」 「デューク部隊長。お疲れ様です」 カミールに話しかけきたのは部隊長をかれこれ二十年やっているベテランのデュークだった。褐色の肌に白くなりかけた髪とヒゲを生やした、顔はいかついけれど陽気な男だ。 「どうだい、これから一杯やらないか?」 ついでに言うと、酒好きだ。 「いえ……自分はあまり酒が好きではないので」 「そうか……そう言えば確か君は酒もタバコも好かないんだったな」 「お付き合いできずすみません」 「いやいいんだ。飲めない奴に無理矢理飲ませるのは好きじゃない。誰か一緒に楽しく飲める奴と行くことにするよ。じゃあな」 「はい、軍議お疲れ様でした」 カミールが何人もの部隊長たちに背を向けて向かうのは城にある図書館だった。城の図書館は誰でも利用することができ、民衆も立ち寄ることが多い。カミールはそんな図書館の常連だ。 (えーっと薬学薬学……お、あった!) 分厚い革のカバーが付けられていたのは薬学の本。小難しそうなことが細かい文字と図解で説明されているページをカミールは真剣に、そして楽しそうに読み進めていった。 「毎日感心だな、ブラウン」 「はい、どうも。……ってえぇ!?」 カミールが顔を上げると、そこにはシリルが立っていた。 続く

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