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第10話

 江崎くんがシャワーを浴びているその頃、森永さんはガサガサとコンビニの袋を鳴らしながら歩いていました。袋の中身は、サンドイッチ、おにぎり、カップラーメン……お腹空いてたんですね。  どんな反応を返されるか怖すぎて家に着くのが気が重い森永さん。のろのろとは言いませんが、犬の散歩をしているおじいちゃんに抜かれてますよ。それでも、コンビニまでは徒歩10分。すぐに家に着いちゃいます。  そろそろとドアを開け中を確認するも、奥のベッドには江崎くんはいません。一瞬ホッとして、でも靴はあるので部屋の中にはいるはずです。耳を澄ますと……  よりにもよって、シャワー中!!  しかも部屋には散乱した服がそのまま……ということは、着る物も持って行ってないということで、裸のまま出て来るつもりだと言うことですね? もちろん脱衣所のドアも空けっぱなしです。  どれだけフリーダムなんだよ、江崎……。俺はケダモノだぞ、江崎!! もっと警戒してくれよ!  そう心の中で騒ぎながらも、心臓はドキドキきゅんで、股間もワクワクきゅんしてしまう森永さん。身体は素直です。裸の江崎くんを見て平静でいられるはずがないので、とりあえず脱衣所に適当な服を放り込みます。パンツだけは予備がないので、申し訳なく思いながらも昨夜のものを使ってもらうことにします。  あー、こんなパンツ一枚でドキドキしちゃうなんて……。30超えのオッサンなのに!!  寝乱れたベッドと散らかった部屋を片付けて、簡単に朝食の用意をします。実は森永さんは料理好き。だけどこの状況で手料理でおもてなしなんて、下心だだ漏れすぎて恥ずかしすぎる! 日本ゲイ乙女心連盟の会長さんもそう言ってる! そう言い訳をして、だけどちょこっとアピールはしたくて小皿に手作り浅漬けを盛りました。  ふぅと一息ついた丁度良いタイミングで「森永さーん!」と声がして脱衣所のドアがガラッと開きました。反射的に振り向いた森永さんはカチリと固まります。 「ここの服借りていいんですか?」  ……そんな事を気にするなら、自分の裸を気にしてください。  プラプラ揺れるかわいいものすら隠さずに、ほかほかシャワー上がりの身体を仁王立ちで披露する江崎くん。 「どうぞ、着て……」  ぎこちなく視線だけを逸らす森永さん。「あざまーす」とドアを閉める江崎くん。今更、遅い。トイレ……は、脱衣所に行かなきゃならないので断念。必死で『心頭滅却……』とドキドキの心の中で唱えます。  てっきり嫌われて逃げられる……と思ったのに、これはどういうこと? 無かった事にされてる??  その後も何事も無かったように朝食を取り、買い過ぎたと思った量も全て江崎くんのお腹に収まりました。若いって凄い。  そのまま何事もなかったかのように、普通の職場の先輩とちょっとわがまま後輩として過ごし「午後友達と会うので帰りまーす」と、江崎くんはさっさと帰って行きました。 「じゃ、また会社で!」 「おう、またな」  そう言って、バタンと締まったドア……。  ──何も……、聞けなかった、何も言えなかった!  江崎くんの前で平静を装っていた森永さんは、その場にしゃがみ込みます。 「嫌じゃなかったのか?」って、サクッと聞いちゃえば良かったのに、ビビリまくってテンパリまくって、それどころではありませんでした。森永さんは平気な顔しながら、いつも通りすぎる江崎くんの一挙手一投足に振り回されました。  江崎くんが振り向くたびにビクリとして、呼び掛けられるたびに飛び上がります。正直不審な程にビクビクする森永さんに全く気付かない江崎くんは才能があります。何の才能って、鈍感の才能です。なるほど、それは見てくれは悪くないのに童貞なわけだよね、って納得したくなる程の才能です。  森永さんも「いい年してあなた童貞ですか?」と聞かれてしまう位にヘタレでしたが。童貞をバカにしているわけではないですよ。むしろその繊細さと純粋さににリスペクトが止まりません。ただ……上手に恋愛する上では越えなければならない壁なのは確かです。

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