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第11話
週が明けて月曜日。森永さんは憂鬱な気持ちで仕事に向かいました。江崎くんが帰ってから、ぐるぐるグルグルと同じ事ばかり考えました。
だけど、肝心の江崎くんがどう思っているかわからないので、いつまで考えても堂々巡りです。そんなことわかっているんですけれど、一緒にいた時は森永さんと同じくどうしたらいいかわからなくて普通にしてただけで、今は避けたいと思っていたら……。
仕事専用と化している江崎くんとのライントーク画面に文字を打ち込んでは消し、消しては打ち込み、でも送る勇気がなくて『間違えて送るかもしれない』と残したメッセージは、当然送られることもなく……。女々しいことはわかっているんです。それで振られたこともあります。
でも、だってさぁ、どう言えばいいの!
一人でプチ切れる森永さん。反応がわからない言葉を送る程怖いものはありません。できれば会社は辞めたくないけども、手を出してしまった以上は最悪転職だって考えます。
だけど「森永さーん」と甘えた声で話しかけてくれる、あの笑顔が見れなくなるのは辛いんです。
「聞こえてます? あいさつくらいして下さいよ」
背中に触れられ、聞こえたのが幻覚ではなく本人の声だったと気付いて森永さんは飛び上がりました。
「何してんすか、落としますよ。今日これやるんですよね?」
森永さんの胸中を知らない江崎くんは、仕様書を指さしていつも通りに話しかけます。
いつも通りにホッとして、だけど少し寂しいと思ってしまう森永さんは知りません。森永さんの姿を見つけた江崎くんが、反射的に身を隠してどう話しかけようか逡巡したことを。背中に触れた江崎くんの手が震えていたことを。
森永さんはいつも通り、いつも通り……と心の中で唱えながら仕事をこなします。幸いにして今日は大型の機械を動かし通しで、複数台の機械のアシスタントについた江崎くんとはゆっくり話す暇もありませんでした。
「お疲れさまでした」
機械の騒音に負けないように大声を張りあげて江崎くんは仕事を終え帰って行きました。何も話せないまま就業時間を迎えて、森永さんは死刑宣告が先長しになってホッとしたような、苦しさが増したような複雑な気持ちで江崎くんを見送ります。
急げば同じ時間に帰れたかもしれないのに、わざとゆっくりと仕事をして時間をずらした自分が小賢しくて森永さんはうんざりします。
今日は忙しそうにあっちこっち働く江崎くんを眺めて可愛いと見惚れては、我に返って仕事に戻るの繰り返しでした。今までも割と目で追ってしまっていた自覚はありますが、こんなに江崎くんが目に飛び込んで来るのは初めてで『完全に恋に落ちちゃった』と自覚しました。
自覚をしてロッカー室で一人頭を抱えてうろうろ歩き回り、その姿に「何やってんの?」と同僚に胡乱な視線を送られてしまいました。「何でもない」と誤魔化し、スマホを確認して江崎くんから届いた『お疲れさまでした』の可愛いスタンプに、森永さんはまた挙動不審におちいります。
今までこんなメッセージのやりとりはした事がありません。江崎くんが気軽にやり取りする様子を目にして、その相手を密かに羨んだことはありますが『俺がやっても……』とあえて仕事連絡に限ってきました。そのことを知っている江崎くんはこんなメッセージを送って来たことはないんですが、このメッセージはどういうことでしょう?
嫌われてはいないということなのか?
思いがけない展開に混乱して森永さんは自問します。
森永さんはとてもじゃないけど『嫌われていないから好かれている』とは思えず『嫌われていないなら、無かったことにされたとしても本望』だと自分に言い聞かせます。
絶対に報われるはずがないのに、一度だけでも触れられたのだからこれ以上望むことはないはずです。
森永さんはスマホを握ったまま慣れない返信のメッセージを考え、迷って、結局『いつもの俺なら?』と考えて既読にしただけで放置することにしました。江崎くんが思い描く自分でなかったらと思うと、少しでもいつもと違うリアクションを取るのが怖い。
このままでは、少なくとも良い方向には転がりませんが、藪をつついて蛇を出すのはごめんだと一歩も動けなくなります。森永さんは恋心を持て余して、臆病で小心な自分にうんざりします。
「今日は久々に飲みに行くかな」
森永さんは一人つぶやいて、家とは逆の駅の方向に向かいました。
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