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第13話

「昨日は何してたんですか。今日は眠そうじゃないですか」  テーブルいっぱいに寿司を注文した江崎くんは、マグロの赤身を口に放り込みながら森永さんに聞きました。 「よく見てるな」  自分ばかりが江崎くんの姿を見ていると思っていた森永さんは、自分も見られていたと知っておどろきます。 「だって大きいあくびしてたし。あれ部長に見られたら怒られますよ」 「見られてないから問題ない」 「で、何してたんですか。昨日は残業ほとんどしてなかったじゃないですか」 「何で知ってんだ?」 「タイムカード見れば……」 「見たのかよ」  えへへ、と江崎くんは笑ってごまかしましたが、なんだか森永さんは落ち着きません。これじゃ不貞を疑われた恋人みたいな、そんな流れです。 「昨日は友達と飲みに行ったんだよ」 「月曜日から?」 「あっちは週末関係ない休みだからいいの」 「ふーん。それで今日はビール頼まないんですね。どこ行ったんですか? どんな友達?」 「普通の飲み屋だよ。どんな友達って言っても、……飲み友達」 「よくわかんないですね」 「何でそんなこと聞くんだよ。どんな友達なんて言われてもお前も困るだろ?」 「……それもそうかも? じゃあ、今度は俺も連れてってくださいね!」 「何でだよ」 「やなんですか? 森永さんの友達がどんな人か見たいなぁ」 「……じゃあ、そのうちな」  正直、悪い気はしません。江崎くんの『自分に興味がありそうな素振り』がむしろ好かれているようで、森永さんはほんのり頬を染めました。  でも、昨日の飲み屋はもちろん友達にも合わせるつもりはありません。否、合わせることはできません。  昨日出掛けて行ったのは少し離れた繁華街のミックスバーでした。友達も呼び出したのではなく偶然会っただけです。昔はよく通っていましたが、最近は月に1度程度でしょうか。夜の相手を探しに行ったわけではなく、今までも(結果そうなったことはあっても)その目的で通ったことはありませんが、江崎くんに言うにはちょっと後ろめたい。  しかも『友達』と言いましたが、実は元カレの今カレ。彼からしたら森永さんは彼氏の元カレという微妙な関係なのです。と言っても、元カレだとかは何も関係なく仲良くなり、後に『元カレと今カレが同じ人』と発覚したので、少し落ち込みはしましたがわだかまりがある関係ではないのです。  スッキリと元カレを忘れられたのは江崎くんのおかげ。そして友達もことある毎に『好きな人はできたか』と本気で心配してくれる、本当にイイ奴なのです。  昨夜はちょっと飲みすぎてそのイイ奴にうっかり江崎くんのことをもらし、更に後からやって来た元カレ、つまりイイ奴の今カレに誘導尋問されて根掘り葉掘り聞かれ、ついつい江崎くんのことを惚気まくってしまいました。自分の彼氏でもないのに!  昨日のことを思い出すと、穴を掘って地球の裏側から宇宙へ飛んで行ってしまいたい。「好きなんだ?」と聞かれて思わず赤くなってどもってしまい、30歳過ぎてのそのピュアさに皆に応援されてしまいました。止めておけと諭されたかったはずなのに、結果は真逆。  しかし、応援されるほどに森永さんは自信がなくなりました。だって、江崎くんがそんな意味で自分を好きになってくれるはずがありません。  週刊マンガジンのアイドルの水着グラビアで誰が一番かわいいかを熱弁する江崎くんです。江崎くんの好みもこの三年間で熟知してしまいました。 江崎くんの好みは、ショコラブラウンのボブヘアで目は大き目、キュッと小尻でおっぱいはおわん型のDカップ、性格は大人しめで笑顔が可愛く、面倒見がよくて料理好き。理想のデートは手作り弁当で公園ピクニックをした後、映画を見て、暗い夜道を手を繋いで自宅へ送る──。  今時そんなのあるか!? なデートプランもいかにも江崎くんらしくて可愛らしい。兎にも角にも、そんな江崎くんが森永さんを好きになってくれる可能性はゼロに等しいのです。 そんな森永さんにとっては下心なしに、こうして江崎くんと変わらずに過ごせるのは奇跡に等しい。  リスみたいに両頬に寿司をめいっぱい詰め込んでもっもっと食べる姿さえ眩しくて直視できずに、森永さんはひたすら寿司が回るレーンを見続けました。  たらふく食べた帰り道、もちろん明日も仕事で江崎くんをお持ち帰りする隙なんてありませんし、そもそも森永さんはお持ち帰りに持ち込む度胸もありまん。  嫌われてはいない、それははっきりとわかりました。  なんとなく折々に親密そうな、触れることを許されているみたいな雰囲気もあります。それがどういうつもりなのか、ついつい期待してしまうけど、期待したくありません。今まで何度も同じように期待しては失恋してきました。何度やってもいつまで経ってもちっとも懲りない自分。ほら、今も──、 「森永さん」  江崎くんが隣に並び名前を呼びます。心なしか距離が近い。危うく手が繋げてしまいそうな腕同士が触れ合う距離に、トクンと森永さんの心臓が跳ねます。森永さんは腕と心がザワザワして、繋げない位置に手をずらそうと胸のポケットの煙草に手を伸ばして、江崎くんに手を引かれます。 「森永さんダメですよ。歩き煙草は怒られます」 「あ、わりぃ」  森永さんは反射的に謝りながら「怒られます」って誰にだよ、とクスリと笑いました。 「何、笑ってんすか?」  江崎くんは拗ねたように言ってそのまま腕を抱き──、つまり腕を組んできました。 「お、前こそ……何してんだよ」  森永さんは反射的に腕を引きます。薄暗い街灯のおかげで赤くなった顔は見られずに済みました。  距離、近いよな? 今までもこうだったっけ……?  思い出そうとしても、バクバクと鳴る心臓の音が気になってちっとも思い出せません。 「ひっど!! そんなに拒否らなくてもいいじゃないっすか」 「拒否ったわけじゃねぇよ。暑いのにくっ付くから……」 「暑い……ですかぁ?」 「飯食った後だし……」  苦しい! 苦し過ぎる言い訳です。 「……森永さん、心なしか……俺のこと避けてます?」 「避、けてねぇよ」  痛いところを突かれてドキリとする森永さん。ごまかす口調がぎこちありません。 「ならいいですけどー」  そう言って、江崎くんはキョロと周りを見回して森永さんを街灯の陰に誘います。そして、チュっと軽く森永さんの唇をついばみました。 「じゃあ、お疲れさまでした!」  そのままニコッと暗くても分かる最高の笑顔を振りまき、駅方向に去っていきます。森永さんは唇の感触とその笑顔にカチリと固まったままです。 「あ! 週末、俺に空けといて下さいね!」  明るい声で追い打ちをかけます。森永さんは……、まだダメですね。ぽかんと呆けたまま条件反射で手を振っています。  ──どう……いうことなんだ? 本当に、全く、全然気にしてないんだろうか。いや、それにしても……。

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