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第14話

 森永さんは考えました。江崎くんの態度の可能性。 一、何も考えていない。 二、気持ち良かったからセフレに。 三、俺が好き。  三はない。それはないな……、そういう意味で好かれる要素が見当たらない。いくら江崎でも『気持ちいい』イコール『好き』にはならないだろう。  とすると、残るのは一か二です。もしくは、一で二です。  森永さんの頑張りが良かったのか、悪かったのか……。いや、相手がノンケだと考えれば、一度でも触れて嫌われなかったことが奇跡なのです。  そう思っても、気持ちは置き去りのままの身体だけの関係が虚しいことは嫌という程知っています。だけどそれは、特に相手がノンケであれば余計に抗えない誘惑に間違いありません。  もし、次に誘われたら……森永さんは断ることは出来ないでしょう。そこからずるずると関係を続けて、好きになってもらえる可能性はあるんでしょうか?  ──きっと、無い。  そう解っていても止められません。そこで止めても、止めなくても好かれないのならせめて身体だけでも繋がりたい。触れるのを許されるだけでも嬉しいんだから、そう森永さんは自分に言い聞かせました。  森永さんの葛藤を知らない江崎くんは「週末空けといて」の言葉通りに森永さんに声をかけました。 「今日、予定空いてますよね?」  いつも傍若無人だけれどそれでも一応予定を聞くところは好ましい、と思ってしまうのはもう森永さんが絆されているからでしょうか。 「空けろって江崎が言ったんだろ」  その言葉に江崎くんはエヘヘとはにかんで笑い、森永さんの心がキュンと音をたてます。正直、森永さんは今は恋の虜。江崎くんの笑顔や拗ねた顔にキュンキュンしっぱなしです。  すぐににやけそうになる頬にぎゅっと力を込めて、何でもないポーカーフェイスを装っているつもりですが、力を入れすぎた眉間は「最近森永さん怖くない?」と密かに事務の女の子に怖がられています。 「行ってみたい所あるんですけど一人じゃ行けなくて、一緒に行きましょう」  そう誘われて森永さんは気軽にうなずきました。  そして今──、森永さんは気軽にうなづいたことを後悔しています。  江崎くんが「食事がメインじゃない」と言うので小腹を満たし、小洒落た飲み屋にでも行ってみたいのかと何の疑問も持たずに森永さんは江崎くんに付いて来ました。そして辿り着いたところは思わず迷路かと聞きたくなるような入り組んだ小路に、頭上はやたらと派手な電飾が輝いていて、見覚えのあるこの感じ……。  って、ラブホ街じゃねーか!!  なるほど、照れたようなはにかみ笑いも一人で行けないのも納得です。  しかし、ここに来たかったということは江崎くんはラブホテル未体験ということ……? 江崎くんを抱いた時に感じた、ふとした瞬間に見せる初々しさは「男相手が初めてだから」と思っていたのですが、もしかしたらセックス自体に慣れていないのかもしれないとようやく気付きます。  江崎くんが入社してから約3年『合コン』や『紹介』、『皆で遊んだ』という話は聞きましたが、彼女がいたという話は聞いていません。あの江崎くんのことです。彼女がいたら隠し通すなんてできるはずがありません。童貞ということは無いだろうけど、でも、江崎くんの年齢で童貞というのも珍しくはありません。  江崎くんが童貞だったら……と考えて森永さんは空恐ろしくなりました。女を知らないノンケを抱いてしまったなんて、冗談でも笑えません。  ──まぁ、森永さんが知らないだけで、正真正銘の童貞だったわけですが。  そんな森永さんの葛藤も知らず、江崎くんは興味津々に頭上の電飾とホテルの入り口を覗き込んでいます。 「どこがいいと思います?」  ひそひそと江崎くんが森永さんに聞きました。 「入るつもりかよ」 「当たり前じゃないですか! 俺、さっきの木のある所かココがいいと思うんですけど、おススメありますか?」 「……シラネーヨ……。好きなとこでいいよ……」  キラキラお目目で「入りましょう」とおねだりされてあっという間に陥落する森永さん。そもそもこんな地元のラブホテルの入り口で、男同士で揉めたくありません。 「じゃぁここで? こっから入ればいいんですよね?」 「どっからでもダイジョーブだよ」  森永さんは投げやりに諦めモードに入ります。 「じゃ、行きます!」  遠足に行く小学生じゃないんだから……と思いながらも、そんな子をいけない場所に連れ込むみたいでなんとも言えない罪悪感が森永さんを襲います。  冷静になって森永さん。相手は成人男性で、多少おバカではあるけれど、あなた以外に『カワイイ』と思っている人はいません。しかも先週その子を抱きましたよね? 罪悪感を感じるような相手ではないですよ。  キョロキョロしながら物珍し気に進む江崎くんの腕をがしっと掴み、こんな入り口でモタモタしているなんてと森永さんが中へと押し込みました。  入ってすぐの場所に大きな部屋の写真のパネルがあり、それ見た江崎くんが「ぉお!」と歓声を上げています。『頼むから静かに大人しく、目立たず部屋に入ってくれ……』と腕を引きますが、江崎くんは「どこがいいです!?」と興奮しきりです。 「あっ……、SM部屋って本当にあるんですね」  なぜか急にひそひそ声で話す江崎くん。 「そこにしたい?」  もう投げやりな森永さん。正直なところ、股間はもう期待して固くなり始めていますけど、だからと言って気持ちの葛藤が無くなったわけじゃない。  だってこれ、もう絶対セフレコース!! 嬉しいの? 嬉しくないの? どっち!? ……俺だってわかんねーよ!!  あえて言うなら、身体は嬉しいけど気持ちは置いてけぼりで、寂しいとか悲しいとか切ないとかそう言う気持ちもあるんですが、嫌われていないことに期待も膨らんでしまいます。  明け透けに言ってしまえば、股間優勢になってしまって理性が働かなくなってしまいそう! 決して下心で好きなのではありませんが、 下心なしに色恋を語れるほどに純粋にもなれません。  その時パッと一つのパネルの電気が消えました。びっくりする江崎くんに「駐車場でも部屋が選べる」と森永さんが教えると慌てた江崎くんが「じゃあこれで」とSM部屋のボタンを押しました。  いやいやいや、江崎くん。さすがにそれは刺激が強いんじゃないですか、大丈夫ですか? あなた初心者ですよね? って、そんなこと好奇心と焦りでついボタンを押してしまった江崎くんが一番わかっているようです。 「あ……」  自分で選んでおきながら後悔の声を上げています。ほっといて別の部屋を選んでしまうのもアリなんですが、森永さんはそんなことは教えません。だってもう、森永さんの理性を引き留めているのは皮一枚。それも中でナニが育っちゃったちんの皮。あっても何の役にも立ちません。 「人来るから行くぞ」  ここに来て若干怖気づいた江崎くんを森永さんが促します。こんな所で知り合いにでも会ったら誤魔化しようがないですからね。さっさとすぐ横のエレベーターに乗り込みました。  二人きりの狭い空間で大人しくなった江崎くんを横目で観察していた森永さんがポソリと確認しました。 「俺とこんな所に来ても良かったのか」  なあなあのままで曖昧な関係でいた方が都合は良いのだけど、もしかしてノンケの童貞だったかもしれないと考えたら、何とも言えない罪悪感に確認せずにはいられません。 「……」  ポカンと驚いたように見る江崎くんに森永さんは言い募ります。 「江崎はさ、俺と違ってノンケなわけだろ。手出した俺が言うのもおかしいだろって話なんだけどさ」 「ノン……?」 「あ、わかんないか。江崎はさ、普通に女の子好きじゃん」 「あー、そっすね……」 「だからさ、俺と……、って続きは部屋行ってからな」  2階分のエレベーターはあっという間に止まりドアが開きます。普通のビジネスホテルとは違う妙に広い廊下に目隠しのためか定間隔で観葉植物が置かれています。落ち着いた薄暗さで部屋に続く道はそこが既にムードを作るために作られた空間になっていて、江崎くんは一歩踏み出すのを一瞬ためらいました。 「江崎?」  江崎くんはそのためらいに気付いてか振り向いた森永さんに駆け寄りました。

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