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第15話
『306』そう書かれた重い扉が音もなく締まります。今までも二人きりだったのに、江崎くんは扉が閉まった瞬間に『二人だけの空間』に来たのだと感じました。
トイレとバスルームに囲まれた短い廊下の先は思いの外広い室内が広がります。部屋を選んだ写真で目立っていた拘束具はここから見当たらず、案外普通の部屋なんだとホッとしました。真ん中に鎮座している大きなキングサイズのベッドだけが何のための部屋なのかを主張しています。
森永さんは驚く風でもなくスタスタと先に進み、ためらい無くベッドの横に用意されているソファに座ると煙草を取り出して火を付けました。会社の休憩室と変わらないくつろいだ様子に江崎くんの緊張もほぐれます。
「こっち来い」
「はーい」
江崎くんを呼ぶ声に返事をしておきながら、森永さんを無視して江崎くんはあちらこちらと部屋の中を見て回ります。
部屋の中は落ち着いたワインレッドと黒で統一されて以外にも上品な印象です。
驚くほど広い浴室にジャグジーのついたバスタブ、そして当たり前のように置かれている真ん中が開いた浴室椅子。これが噂のスケベ椅子ってやつか……。脱衣所はなく浴室の一面は真ん中だけ隠されたガラス張りでそのつもりなら覗き放題になっています。
そしてベッドを挟んで森永さんの座ったソファの向かいの広くなったスペースには、頑丈そうなパイプに繋がった拘束具に手足を開いて座らせる真っ赤な椅子。壁から垂らされたチェーンの先には手錠。チェストの上に並べられた手錠、首輪、足輪? ……見た事のない拘束具やおもちゃが並んでいます。
比較的上品そうに見える部屋のその一角だけがやたらと目立ち、興味津々だったはずなのにビビリきって江崎くんは森永さんの元に戻りました。
「もういいのか?」
面白そうに江崎くんを眺めていた森永さんが笑います。SMスペースにビビッて戻って来たのもお見通しのようです。
「満足しました」
広いソファの上、江崎くんは森永さんの近くにくっ付いて座ります。その距離20センチ。触れそうで触れないギリギリの距離です。
ソファに座るとどうしても視界の隅に拘束具が入り、江崎くんはお尻がむずむずするような落ち着かなさに、えいっともう一段階森永さんに近付きました。
触れる前はドキドキして緊張するのに、触れるとそこから温かい何かが伝わるようで安心してくるのが不思議で、江崎くんは煙草を吸う森永さんの肩にもたれかかりました。
森永さんはピクッと止まり長くて大きな溜息をつきます。
『嫌だったのかな……』と江崎くんが隣を見上げると、不機嫌な顔の森永さんと目が合いました。江崎くんはすぐにごめんなさいと逃げ出したくなりましたが、胸がギュッと掴まれて動けません。
森永さんは不機嫌な顔のまま江崎くんに話しかけます。
「エレベーターの中で聞いたけど、江崎は俺なんかとラブホに来たりして良かったのか?」
話の真意がわからない江崎くんはビクビクしながら答えます。
「俺から誘いましたよね?」
「そうだけどさ、こんな所に連れ込まれて、俺は何もしないまま江崎のこと帰してやれないよ?」
「……わ、かってますよ」
「この前みたいなこと、またするけどいいの? 江崎は普通に女の子が好きだろ。こういう所は女の子と来た方がいいだろ」
「森永さんと来たかったんですよ!」
暗に迷惑だと言われてるような気がして江崎くんは隣の森永さんに抱き付き言いました。
そんな江崎くんを見た森永さんが溜息をつきます。
「そんなにこの前したの気持ち良かった? でも忘れた方がいい。江崎は女を相手にしてろよ。手を出した俺が言えることじゃないけど、深入りしてもいいことないからさ……。今なら何もしないまま帰してやれるし、お互いあれはあの日限りってことで……」
「森永さんは、あれは遊びだったってことですかぁぁ」
江崎くんがギュッと腕に力を入れてしがみ付くと、森永さんはギョッとして反射的に身体を引いたので、離すもんかとますます江崎くんがしがみ付きます。
「俺、もうそんなの無理です。森永さんと付き合ってるんだと思ってたから……、もう、森永さんのこと好きになっちゃいましたよぉぉぉ」
冷静に話をしていたつもりが江崎くんに抱き付かれて告白されて、森永さんは目を白黒させます。
何……だって?
驚く森永さんにおかまいなしに、江崎くんは涙ながらに続けました。
「俺はああいうの全然慣れてないし、友達も、いい感じになってキスして、その後エロいことして朝まで一緒だったら付き合ってるって言ってたし、森永さんずっと優しいし、奢ってくれるし、帰る時にキスもしたし、もう絶対付き合ってると思ってて……、めっちゃ浮かれててぇぇ」
身も世もなくボロボロと涙をこぼして訴える江崎くん。森永さんは混乱したまま、何が何だかわかりません。
何だか全くわかりませんが……
「ごめん、酷いこと言ったな。ごめん、江崎」
泣きじゃくる江崎くんを抱き締めます。
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