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第7話

「……あっ……、んで、そんなとこ……」  喘ぎ声の隙間からかろうじて問う。そんな様子さえ楽しむかのような吐息が、あらぬところに触れる。 「されたことないのか? 威勢の割に初心な体だ」 「う……るせ……っ!」 「悪いようにはしないから、しばらく口を閉じていろ」  悪いようにしないなどと、どの口が言うのだろうか。頭の中で罵っている間に、今まで誰にも晒したことなどない箇所をぐっと押し広げられた。口を閉じていろなどと命じられるまでもなく、羞恥で言葉を失う。蹴りつけて逃げ出そうにも、うつ伏せで動きを封じられた体勢からはそれも叶わなかった。 「……綺麗な色をしている」  どこを見てそんなことを囁くのか。考えれば耳介はかっと熱くなる。そんなところに血が通っていることも寒空暮らしで忘れていた。じんじんと痛みさえ感じるほど熱を持ち、焼け焦げて落ちてしまいそうだ。  言葉でからかわれただけでそんなふうなのに、ひた、と触れるものがあって、しおんは大きく身悶えた。 「や……ッ!」  意図せず敏感になった体に伝わってくる。ぬるりとしたものが、襞の一本一本を彫り出すかのようにねぶっているのが。  う、うそだろ――  頭がいくら受け容れることを拒もうと、龍郷の濡れた舌の感触は本物だった。襞を中央に向かってなぞったかと思うと、中央のすぼまりをくすぐる。生き物が身を守るようにきゅっとそこが収縮すれば、それを許すまいとするかのように双丘を包んだ手のひらがぐっと押し広げる。  そうしてじっと見つめられ、からかうように息を吹きかけられ、舐められる。素肌を羽根で撫でられたかのような微細な痺れが腰を覆って、どんよりと重くなった。 「あ、あ、あ、あ」  くちゅ、くちゅと音を立てて味わわれる度、呼応するように声が漏れてしまう。  自分でも聞いたことのない甘ったるい響きが漏れるのが嫌で奥歯を噛み締めたとき、龍郷の両の親指がさらにそこを押し開き、ぬらりとした舌が奥までねじ込まれた。 「あっ、ああっ――!」  嘘だ、  戸惑いを嘲笑うかのように入り込んだ生き物のようなそれは、淫らな水音を奏でてしおんの中を舐め回した。 「ん……、ん……っ」  逃げようとする腰を、両手で掴んで引きずり戻される。敏感になった腰に龍郷の手が触れると、それだけで快感が襲った。幾重にもなった柔らかな縄で、きゅうきゅうと体中を戒められているような心持ち。  な、なんだこれ。 「どこもかしこも陶器のように白いな。薄汚れているときはわからなかったが」  意地の悪い笑い笑みと共に、しおんの背中を指が這う。  自分の肌の色が他よりずいぶん白いことはわかっていた。だからいつも帽子を目深に被って目立たないようにしていたのだ。いつも薄汚れていたのが快適なわけはないが、そうでなければもっと目立ってしまうとも思っていた。  しおんは、自分の親がどんな人間なのか知らない。  おおかた外国人相手に体を売る商売でもしていたのだろうと思う。生まれた子供の、文字通り毛色の変わった容姿に驚いて捨てたのに違いない。気がついたら孤児院にいたし、そこでも子供たちに知恵が付くにつれていじめが始まった。  この髪、この肌、この瞳。それらがしおんを生き難くしている元凶だった。身なりなら、それらしく装うことも出来るだろう。だがしおんの背負う物は、捨てようと思って捨てられるものではない。 「ひ……ッ!」  さんざんに濡らされたそこに、長い指を差し入れられた。つぷ、と果実を割るような感覚に続いて入り込んでくる猛烈な違和感に身じろげば、なだめるように背を舐められる。 「あ……ッ、くう……」  龍郷の家のやけに柔らかな枕は掴み所がない。縋ろうと握りしめても頼りなく、体は水の中にでもいるかのように踏ん張りがきかなかった。  龍郷はひとしきり背中をなめ回すと、秘所に指を入れたままぐるりとしおんの体を表に返した。 「ああ……ッ」 「ずいぶんうまそうに膨らんでいる」  なんのことを言っているのか――問う間もなく赤く色づいた胸の突起を口に含まれる。舌先でねぶるだけでなく、かりっと歯を立てられて背が跳ねた。 「あッ……、あ、あ……」   きつい快感を与えたかと思うと、今度は唇だけで挟む。やわやわと味わうように愛撫され、しおんは、そこが痛むほど張り詰めるという感覚を初めて知った。  悔しさなのか、愕きなのか、自分でも判然としない涙がにじみ出てきて、世界に靄がかかる。  霞越しにでも感じる。龍郷の黒い瞳が、こちらをじっと見つめているのを。  と、思ったのもつかの間で、中に挿入れられたままだった指をさらに踊らされると、崩壊した堰からあふれ出した涙でなにも見えなくなった。 「く……ッ、あ、ぁ……、あ」  いやだ、という言葉をかろうじて飲み込んだ。この男の言うとおり、こういう方法で支払うと言ったのは自分のほうなのだ。他に差し出す物を持たない身とはいえ、しおんにはしおんの矜持がある。  だがその言葉を意思をもって完全に禁じると、あとはもう甘い喘ぎしか体から出てこなかった。この体一つが唯一自分のものだと思っていたのに、どうやらそれさえ自分の思い通りにならないことがあるらしい。それはとてつもない不安だった。  せめて顔を覆って、屈辱に堪える。 「綺麗な顔を隠すな」  き、れい――?   初めて言われたそんな言葉に一瞬腕をのけた隙、両の手首を捕らえて頭の上につなぎ止められてしまった。しおんの細いそれを片手で封じることなど、龍郷には造作もないことのようだ。露わになった無防備な脇腹を吸われる。 「あっ!?  あ、あっ、んっ、んっ、あ、ああ――」  ちゅ、ちゅ、といちいち音を響かせながら下っていく愛撫に身悶えていると、やがて感覚があやふやなほどほぐされたそこに楔が穿たれた。 「ああ……ッ!!」  じわりと入り込んできたそれを奥へといきなり打ちつけられれば、これ以上ないくらい背中が反る。手首の戒めを解放されても、押しのけようと思いつかなかった。下肢に潜り込むものの質量が圧倒的過ぎて。そんなところに男の物を受け容れていることが信じられなくて。  龍郷は反ったしおんの背に腕を回し、腰の動きと腕の動き、両方で中をかき混ぜる。 「あっ、あっ、」  熱い、と思った。  あり得ないところにあり得ない物を穿たれているというのに、痛みより熱が勝る。未知の体験は、恐怖よりも不可解さをしおんの元へ連れてきた。  体の一番深いところを強引に割り裂かれているというのに、一方で、収まるものが収まったという奇妙な感覚がある。拭っても拭っても払いきれないそれは、どこか安堵感にも似ていた。  な、なんで、  戸惑っている間にも、龍郷の熱が、自分でも存在していることなど知らなかった快感の扉を叩く。 「あ、ぁ……!!」  いい声だ、と囁かれた。  しばらく失神していたらしい。しおんが目を覚ますと、龍郷が肘で頭を支えたまま愉快そうにこちらを覗き込んでいた。 「もう一度風呂に入らないとならないな」 「……誰のせいだ」  睨みつけてやれば、睨んでやったのに、龍郷は酷く楽しそうに笑っているのだった。 「ぜんっぜん聞いてねえな!」 「ああ、怒った顔もいいな。少し目の色が深くなる。まさに目の色を変えるってやつか」  額に貼り付いた髪をのけながらそう言われたとき、ぞわ、と血が逆流する音を聞いた。  怒りにまかせてくり出した蹴りは、あっさり受け止められてしまう。手首を封じたときとさほど変わらない様子で、軽々と組み敷かれた。  龍郷は「ふむ」と感心したように漏らす。 「可愛がりすぎたかと心配したが、まだそんなに動けたか」  しゃあしゃあとはこういうことを言うんだろう。組み敷かれたと言ってもここは雲の上のような寝台だ。背中が痛むわけもないのだが、しおんの目尻にはじわりと涙が浮かんできた。  くそ、なんで。  そこに至ってやっと龍郷はしおんの怒りが本物だと思い当たったようだ。動きを封じる下肢からふっと力が抜けていく。 「なぜ怒る。褒めたのに」    褒めた、だと? 「ばかにして楽しんでるんだろう。俺がこんななりだからって」 「こんな?」  龍郷は鸚鵡返しにくり返した。己の口から言わせようというのか。それだって結構な仕打ちだと思いながら、しおんは唇を震わせた。 「……わかってるだろ。俺の髪と目の色は普通と違う。たぶん、このせいで親に捨てられた。孤児院でだってつまはじきだ。街に逃げたって、気味悪がられるし、掏摸をするにも目立つ」  これが、なにもかもの元凶。これさえなければ、孤児の中ですらさらにはみ出し物扱いということもなかったはずなのに。 「それであの薄汚い帽子か」 「あれだって他になんにもない俺には唯一の持ち物だった。じろじろと変わったものを見るような目で俺を見る奴らを、少しはさえぎってくれたんだ」  あのとき舞台袖で水をぶっかけられて、蹴り出されて、そしてどこへいっただろう。「普通の」人間から見れば薄汚いということになるらしいから、おおかた処分されてしまったのだろう。所詮自分の持ち物など、なに不自由なく暮らしている連中からすれば勝手に捨てていい程度のものなのだ。  まざまざとそのことを突きつけられてしおんの胸のうちはざわついているというのに、龍郷は悪びれる様子もなく、ただ目をしばたいた。  それはもう、ただ見窄らしいだけのものではないのか。少なくともしおんの中ではそうだ。  完全ではないもの。他とは違う傷を持ったもの。それはもう、存在する価値がないもの。  俺はそういうもの。 「人は何事もまず欠けている部分に目が行く。だがそれを慈しみ味わう感性も同時に持ち合わせている。人は傷を愛さずにはいられないようにできているんだ」 「そんなわけないだろ」  怒りさえ感じて、発した言葉は棘を帯びた。傷を愛さずにはいられない? だったらなぜ、親は俺を捨てた。孤児院の連中は、俺を孤児の中でもさらに下のものとして扱った。  こいつ、なんにもわかってない。  龍郷の言葉を空虚なものと感じながら、髪を撫でる指を払いのけられなかった。 「本当さ。おまえのいた狭い世界にはそういう人間がいなかったというだけで。もちろん、やりかたにも多少の工夫は必要だ。それを俺は心得ている」  髪の先を弄んだ指は手触りをたしかめるように頬の輪郭を撫で、親指で唇を弾く。そうされると、さっきまで散々に体中ねぶられていた感覚が意思に反してよみがえり、ぞわ、と表皮を撫でていった。  危険だとわかっているのに一度は覗いてしまう、夜の水面のような瞳がまっすぐにこちらを射貫く。 「おまえのそれは武器になる――自分で、自分の疵を黄金に変えてみせろ」    そう言うと龍郷は、やせて骨の浮いたしおんの膝に口づけを落とした。                    

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