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親はいるけど、いない。……それが、どういうことかというと。
俺が中学生になったとき。同時に、高遠原と距離を置き始めたときだ。
――母親が、死んだのは。
父親は単身赴任で、ずっと家にいない人だった。俺は一度も、父さんの顔を見たことがない。
母親の死体を見たとき、子供心にやっと……【母さんはストレスを溜め込みすぎていた】と、気付いた。
(『運転してくれる人がいない』って……何で、そんな話を……っ!)
高遠原は、知っている。俺の父さんが単身赴任だということは、勿論。
――母さんが、家で自殺をしていたことも。
首を吊り、まるで……俺に、見せつけるかのように。母さんは、死んでいた。
小学生の頃……雨が降ったとき。母さんはいつも、車で迎えに来てくれた。
高遠原と、徹と……一緒に車に乗り、その日の下らない話を母さんに話していたのを、今でも覚えている。
――二つの意味で、もう、そんなこともできないけれど。
「それで? 諸星はどうやって帰るんだよ? どうせ、傘だって持ってないんだろ?」
「……っ」
不意に。
――視界が、滲んだ。
(やば……っ! よりにもよって、コイツの前で……っ?)
慌てて目元を拭うも、頭の中にはグルグルと……母さんとの思い出が、よみがえってくる。
学校から帰ってきて、母さんに伝えたいことが……いつもいっぱいあった。
――母さんの反応が、楽しみだったから。
――それが一番、俺にとって楽しい瞬間だった。
家に帰り、玄関をくぐり抜け、居間の扉を開ける。
そこには、いつもなら母さんの背中があったのに……っ。
「……っ、う……っ」
今でも思い出せる、首を吊った母さんを見て……最初に感じたこと。
それは……純粋に【怖い】だった。
【独りになった】と、直感的に気付いたから。
「……な、に……ッ」
高遠原の声が、うわずっている。
何だよ、気持ち悪いなと思うと同時に……分かってしまった。
「泣い、てんの……?」
さっきまでの高圧的な声とは、少し違う。
動揺しているのか……高遠原の声が若干、震えている。
――それはつまり、俺が泣いていると気付いたということ。
(屈辱だ……っ! コイツに、泣いてるところを見せるなんて……っ!)
そう思うや否や。
――俺は高遠原から逃げるように……雨の中を、走り出した。
あの日――母さんが死んだ日も、今日みたいな雨で。
走り辛くて、何度も転びそうになったっけ。
「オイッ、諸星ッ!」
背後から、高遠原の声が聞こえた。
だけど、足は絶対に止めない。
【高遠原から逃げること】……その気持ちだけが、俺の足を急かすように動かさせる。
……だが、想像しているよりもずっと。
「……ッ!」
足元は、滑り易かった。
――案の定……盛大に、転んでしまったのだ。
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