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他の生徒は、早々に帰った。
それか、学校で雨宿りをしているのだろう。
おかげで、人通りは少ない。転んだ俺を見ている奴なんかいなかった。
……と、思っていたのに。
「……な、に……ッ、転んでるんだよ。……だっせェ」
「は……っ?」
声がした方を、慌てて振り返る。
「な、んで……っ」
そこには。
俺と同じく、雨でビショビショになった高遠原が、立っていた。
「……ん」
そしてあろうことか、俺に向かって手を伸ばしてきたのだ。
不遜な態度で『勿論、手をとるよな?』と言外に伝えたそうな顔をして。
「……っ」
当然俺は、手をとらない。……当たり前だろう?
ふいっと、視線を反らす。そうすると、俺の視界から憎い男の手が消えた。
代わりに、頭上から声が聞こえる。
「……悪かったよ。……無神経だった」
降ってきた声は……予想だにしていなかった台詞だ。
余談だが……コイツは、俺がどれだけ母さんを好きだったか、知っている。
つまりさっきのは……それをふまえたうえでの、発言。
だからこそ、俺は。
「――本当は、満足してるんだろっ!」
――我慢の、限界だった。
「いい加減にしてくれよ……っ! 俺があぁいう反応するのは分かってたくせに、なんなんだよっ! よりにもよって、こんな……雨の日に……っ!」
「……だから、無神経だったっつってんだろ」
「『無神経だった』って何だよ……っ? そんなに……そんなに俺が嫌いなのかよっ! なぁっ! いったい俺がお前になにしたんだよっ!」
俺たちがもっと、小さい頃。
女子からよく……『美鶴くんが私のことをどう思ってるか訊いてほしい』と、頼まれていた時期。
――俺の周りからは何故か、友人がどんどん減っていった。
女子への伝書鳩行為が原因だとは思ったが、それにしたって異様な避けられ方だ。
だからこそ理由が分からず、俺は高遠原に相談しようと思った。
高遠原を探して、校内をウロウロしていると。
――耳を疑ってしまうような会話が、聞こえてきた。
「――何で、なんで……っ? 何でお前は子供の頃……俺の悪い噂なんか、流したんだよ……っ?」
――高遠原美鶴が、俺の友達に……あることないこと吹き込んで。
――俺が嫌われるよう、誘導していたのだ。
ずっと、高遠原は一番の友達だって……そう、信じていたのに。
それだけの信頼感があったからこそ、女子は俺に『美鶴くんが私をどう思っているのか』なんて、訊いてきたんじゃないのか。
――俺だって……美鶴のことなら何でも知ってるくらい、大好きな親友だと思ってたのに……っ!
「もう放っておいてくれよっ! 俺のことが嫌いなのは、分かったから……っ! 頼むから、もう……勘弁してくれよ……っ」
涙なのか、雨なのか。ハッキリと分からないなにかが、俺の頬を濡らす。
それでも……雨は依然として、やみそうになかった。
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